正義と悪とひとりぼっちのおうさま
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正義は正しく、悪は間違っている。
正義が負けることなんてあるはずがない。もし負けたのだとしたら、それは悪だ。正義のふりをした、悪だ。
小さい頃に観ていたヒーロー達が、仮面を被ったライダーが、二人組の魔法少女が、あたしに教えてくれた。
幼いあたしが彼ら彼女らに憧れを抱くのは必然だった。未だに憧れている……かも。
誰に言われるでもなく常に正しくあろうとした。そうするとパパもママもたくさん褒めてくれた。えらいね、いい子だね、といっぱい褒めてくれた。
いつからだろうか、正しくしても褒められなくなったのは。
仲の良かった子たちが悪いことしたとき、それを先生に言った。先生はあたしを褒めることもなく、その子たちを叱った。
それ以降、その子たちと遊ぶことはなくなった。正しいことをしたあたしは一人になって、悪いことをしたあの子たちは仲良くしていた。
一度、悪いことをしたことがあった。そうすれば、またあの子たちの仲間になれるんじゃないかと思った。
先生はあたしを叱った。パパもママもあたしを叱った。
やっぱり悪いことをしてはいけないと思った。
あたしは一人のままだった。
ずっと不思議だった。なぜ正しいはずのあたしが認められないのか。
そこに一つの結論が転がってきた。
みんなあたしの正しさを知らないのだ。
長い間、あたしは人知れず正しさを遂行してきた。
正しさを知らしめれば、みんな気付いてくれる。
かつてのパパやママのように、みんながあたしを認めて、褒めてくれるはず。
だから、あたしは生徒会長選挙に立候補した。
正義を体現するあたしが負けるはずがない。これでやっと、あたしは報われる……はずだった。
あの男が生徒会長になった。票差は圧倒的、完膚なきまでに負けてしまった。
これは間違っている。みんなも間違っている。
正義のはずのあたしが負けるはずがない。
みんな悪にそそのかされているのだ。
そのはずだ。
そうじゃないと……
あたしが悪みたいじゃない!
すぐにあたしは風紀委員長に立候補した。何の困難もなくその座を手に入れた。当たり前だ。あたしは正義なのだから。
正義の象徴として、手始めにこの学園のみんなにに制服を着せた。一目であたしの正しさが確認できるんだもの。
本当は正義なんかじゃないのではないかと少し不安になることもあった。でも決闘に勝ち続けることで、それも払拭した。
正義は勝ち、悪は負ける。
そんな当たり前の事を証明するために、今日もあたしは戦っている。
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「キングが倒された時、代理の王を即位させる」
突拍子もないモノだとは自覚している。ましてや、チェックメイトされた直後にAdd-onを宣言するだなんて、自分でもどうにかしていると思う。
だが、ルールに反しているわけではない。いついかなる状況であろうとAdd-on宣言は可能なはずだ。
問題はこれが承認されるかだ。通ってくれと願わずにはいられない。
俺の宣言から間もなくして、この場を仕切る男は口を開いた。
「青葉様の宣言を承認します」
淡々と俺の延命が成功した事を告げた。
「よしっ」
思わず口から漏れてしまう。危ない橋を渡りきったのだ。多少喜んだってバチは当たらないだろう。
「ただし代理のキングとなる駒はポーンに限られます。後退禁止のルールもございますが、ルークやクイーンといった駒をキングの代わりにしてしまいますと決着がつかない可能性が出てきてしまいますのでご了承下さい」
「ああ、大丈夫だ」
「また、このルールは帝羅様にも適用されます」
「それも……大丈夫……か?」
ルールの適用はあくまでお互いに。都合よく俺だけ、なんてなるはずがない事は帝羅のAdd-on宣言で分かっていた。
しかし、それも問題ない。俺が目指しているのは帝羅のキングを打ち倒すことではなく、王の逃走だ。それが代理であろうと関係ない。
「青葉様、それでは代理のキングとなるポーンをお選びください」
「それならコイツを選ぶ」
盤上の隅の方。先程起こった惨劇の場から離れたところにいたポーンを指差す。
周りには敵の駒も少ない。護衛役のナイトやルークも近くにいる。これなら逃げ切れるかもしれない。
「はぁー」
侮蔑混じりのため息が向かい側から聞こえてきた。
「何かと思えば、くだらないな時間稼ぎね。素直に負けを認めればいいのに……」
暴君の表情は興醒めしたとばかりに退屈そうなものになっていた。少なくとも俺にはそう見えた。
「第二ラウンドと洒落込もうぜ、風紀委員長」
勝負の熱と血の巡りを内に感じ、興奮気味な口先は勝手に動く。死線を乗り越え、脳内のアドレナリンは止まることを知らない。
そんな俺を見て、帝羅はもう一度大きなため息を吐き捨てた。それはエンジンの排気のようで、俺とは別種の熱を帯びていた。
「第二ラウンド?冗談でしょ。死体蹴りの趣味はないわ。それに、もう一度あんたを倒したところであたしの気が収まらない」
その怒りに似た熱気が頬を掠め、俺の横を通り抜けていった。暴君の眼中に俺が映っていないことを肌身で感じる。
その瞳に映るのは
「九条アリス、そんな所で突っ立ってないであたしの前に座りなさい」
王の絶対的な命令。誰もが従わざるを得ない。一部の人間を除いて……
「あら、私をご指名かしら。とても光栄だわ」
アリスは目を細め、見覚えのある笑みを浮かべていた。
「でも、ごめんなさい。そんな気分ではないわ」
この場において拒否権を持つ唯一の存在である彼女は、紅茶のおかわりを断るように軽々とその権利を行使していた。
あっさりとアリスにフラれた帝羅は驚きを隠せずに目を見開いていた。
そして、俺もまた驚いていた。アリスが見せたあの笑みは、自ら手を下せることへの喜びの表面化だと思ったからだ。
俺の考えが正しければ、アリスは真っ赤な嘘をついていることになる。しかし、何のために?
「そう……あんたがその気なら、あたしにも考えがある」
そこには命令に耳を傾けない愚かな人間の存在を許せない王がいた。
「『Add-on』」
自らさえ燃やしかねない怒りの業火をその身に宿し、王は最後の命令を下す。
「プレイヤーに対戦相手の指名権を与える」
その宣言を、愉快そうに、意地悪そうに、底しれぬ笑みを浮かべて聞く少女がいた。




