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カクメイ部 〜字園奉仕メイド部〜  作者: 翡翠
第一揆 風紀は咲き乱れた
11/13

代理戦争

「全ての駒は後退することを禁止する」


 帝羅はゲーム開始早々にAdd-onを宣言した。このゲームの肝心要であるはずの権利をこうも易々と使ってくるとは……。


「帝羅様のAdd-onを承認します。以降両者は駒の後退が不可能となりました。横移動に関しては制限はございません」


 決闘局の男は事務的に処理を済ませる。ルール追加が承認されたことにより、帝羅のAdd-on権は残り1回となった。

 状況だけ見れば俺の方が優位のはず。しかしそれでいて、全く優位を感じられない。帝羅の戦績と気迫がそうさせたのだ。


「帝羅様のAdd-onに伴い細部のルールを調整します。通常のチェスの勝利条件に加え、キングが相手陣地の最深部に到達した場合にも勝利といたします」


 つまり、相手の王を倒すか自分の王を逃せば勝ちというわけか。


「また、キングへの攻撃の際には後退できないという制限は解除されるものとします」


 たとえ身動きが取れなくなった駒でも、その射線上にキングが来れば問答無用で襲いかかってくるのか。

 通り過ぎていった兵士が、首だけはこちらを向いているような状況を想像し、少し身震いをしてしまう。

 

「ちゃんと理解できたのかしら」


「俺を座らせといて全然信用してないじゃないですか!」


「青葉様、分からないことがあれば手を挙げて聞くのですよ」


「小学生か俺は!集中できないんで二人とも静かにしてもらえます?」


 自らの両頬を叩き気合を入れる。それでどうにかなるかは分からないが、やらないよりはマシだ。

 パンッと乾いた音が広がる。少し力を入れすぎたようで、頬がヒリヒリする。やらなきゃよかった。

 相手はあの暴君様とはいえ、同じ学年の同じ人間なのだ。負ける道理はあっても勝てない道理はない、はすだ。

 今こそ地元じゃ負け知らず(やる相手がいない為)の俺の実力を見せる時だ。

 赤いポーンに手を伸ばし勢いよく盤面に叩きつけた。

 俺が魂を込めて叩きつけた一手の響きが消えぬうちに、帝羅は迷いなく駒を滑らせる。

 

 コツン、コツン、コツン。

 

 急かしたリズムで刻まれるその音は、まるで俺の余命をカウントダウンする振り子時計のようだ。彼女の視界に俺という人間は映っていない。ただ最短距離で俺を詰ませるための計算だけが、その脳内を駆け巡っている。

 後退禁止のルールにより、駒達は早くも一進一進の衝突を繰り返していた。

 

「くっ……」


 予想はしていたが、やはり帝羅は強い。彼女が指すたびに、俺の駒たちは行き場を失い盤上に釘付けにされていく。

 さっきまで頼もしい兵士だったはずのビショップが、ナイトが、一度前進したきり石像のように動けなくなる。


「どうしたの、あんたの番よ。まさかこの程度でねをあげたの?」


「まさか。お前との対局を少しでも長く楽しみたいだけだ」


「チッ」


 虚勢を張るが状況は好転しない。むしろ俺の態度が癇に障ったようで、帝羅の指す手は荒々しいものへと変化していった。

 俺の戦力を少しでも多く削る為には自軍の犠牲をも厭わない。まさに暴君のそれであった。

 戦況は激化の一途を辿っている。逃げることを許されぬ兵達は、羽毛ほどの命をなげうって目の前の敵を殲滅せんとする。相手を倒す刃を振り下ろせば、その隙を他の兵士に討ち取られてしまう。まさに地獄絵図。

 次第に前線は俺の陣地の方へと押されていき、遂には敵兵の領地への侵入を許してしまった。

 俺は既に帝羅のキングを討ち取ることは考えていなかった。一分一秒でも長く俺が生きながらえる手ばかりを模索してしまう。

 俺に残された勝ち筋はただ一つ。敵陣の最深部へと王を導くこと。


「アリス様、ここは私が出ましょうか?」


「いや、そんな事しなくていいわ。まだ『Add-on』は残っているもの」


「ですが……」


「いいの、これで。まだ想定内よ」


 この時の俺には、後ろで話す二人の声は届いていなかった。

 考えろ青葉紅葉。虎の子の『Add-on』はまだ2回残っている。王を逃すための最適解は何だ…

 王に耐久値を付与するのは?

 駄目だ。行手を阻む兵の数が多すぎる。


 逃亡用のヘリでも用意するか?

 駄目だ。そもそも乗り込む瞬間を狙われて終わりだ。


 白旗あげて降参するか?

 それが一番駄目だ。俺が終わってしまう。


 カンッ、と甲高い音を立てて帝羅は駒を盤上に打ちつけた。


 「チェック」


 それは紛れもなく死刑執行の合図だった。


 「しまっ…」


 気付かぬうちに俺のキングは逃げ場を失っていた。

 目の前のポーンが、その後ろに控えるルークが、俺の陣地の最奥にいるナイトやビショップが、遠くから狙いを定めるクイーンが、俺の喉元にその切先を向けていた。


「あの女の代わりをするぐらいだから少しは期待していたの」


 帝羅は大きなため息を吐いた。


「でも残念。あんた、私が戦ってきた誰よりも弱かったわ」


 俺は何も言い返すことができなかった。いや、しなかった。

 まだ終わってない。すんでのところで思いついた策。俺の逃避思考の産物。

 これが通るかは分からない。だが、そんな事気にしていられない。

 俺は静かに王の首を差し出した。


「チェックメイト」


 帝羅は処刑の合図を送る。王はルークの剣に貫かれ、力なく盤外へと倒れていった。

 その刹那…


 「アドオン!」


 俺の視線は別の駒へと注がれていた。


「キングが倒された時、()()の王を即位させる」


 視線の先にいたのは、盤上の端で怯え佇んでいた1人のポーンであった。

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