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カクメイ部 〜字園奉仕メイド部〜  作者: 翡翠
第一揆 風紀は咲き乱れた
10/13

Add-on Chess

 決戦当日、空は陰り、湿り気を伴った風が通り抜けていった。なんとも言えない不穏さが今朝から俺に纏わりついている。

 俺はただの傍観者で、何をするわけでもないのに……。

 待ち合わせ時間から既に5分が経過していた。おかしい。あのアリスが時間に遅れるなど考えられない。俺が時間を間違えたのか、はたまた場所を間違えたのか。

 

「うかない顔をしてどうしたの?緊張でもしているのかしら」


 聞き馴染みのある声に少し安堵する。ホッと胸を撫で下ろし声のした方へ振り向いた俺の視界に、あり得ない光景が飛び込んできた。


「お待たせ青葉君。()()を取りに行くのに少し時間がかかってしまったわ」


 そこにいたのは、いつも通りメイド服に身を包んだアリスと焔だった。

 だが、その頭上には--メイド服にはあまりに不釣り合いな、「カクメイ」と乱雑に書かれた工事用ヘルメットが堂々と据えられていた。


「……なんですかその格好は」


「これが決闘の場でのカクメイ部の正装よ」


 理由になっているようでなっていないアリスの返答に困惑する俺。困惑しないわけがない。


「心配しないで、あなたの分もあるわ」


「そんな心配してないです!俺は被りませんからね」


「青葉様のサイズに合うものをご用意いたしました」


「いつ頭のサイズ測ったんだよ……」


 俺の戦慄を無視して焔は音もなく歩み寄ると、有無を言わさぬ手つきでプラスチックの塊を被せた。

 カチリ、と顎紐を締められる。散歩に行く前の犬の気分だ。


「お似合いでございます青葉様」


「褒められても嬉しくねぇよ……」


 皮肉にも取れるその言葉に、嫌味の一つでも返したくなったがやめておこう。時間の無駄だ。決闘の時刻が差し迫っている。


「準備も万全ね。そろそろ決闘の地へ行こうかしら。時間に遅れて、あの子を怒らせてしまったら怖いもの」


 アリスはいつか俺に見せた不適な笑みを浮かべていた。



***

 


 決闘局が管理する対局場の重厚な扉が開かれたとき、室内の空気はすでに氷点下まで冷え切っていた。

 正面には、足を組み、背もたれに体重を預け鎮座する帝羅小鞠。

 凍てつくような視線が俺を射抜き、思わず足が止まりそうになる。


「……ようやく来たわね、メイド部。その舐めた格好を見るのもいつぶりかしら」


 帝羅の鋭い声が静寂した空間を切り裂く。頬杖をつき、苛立たしげに肘掛けを人差し指で何度も叩いている。


「あら、待たせたみたいでごめんなさい。そんなに私たちとの決闘が楽しみだったのかしら」


 アリスは帝羅の態度に怯えることもなく、むしろ余裕綽々といった様子で帝羅の激情に油を注いでいた。

 一触即発の雰囲気に俺が怖気付いてしまいそうになる。やっぱり怖いよこの二人。

 その二人の間に割って入るようにして、決闘局の人間と思しき男が出てきた。


「両者揃われましたのでこれより、学園奉仕メイド部および風紀委員会による決闘を執り行います」


 華々しさのない事務的な宣言。しかし、この場の緊張感が高まるのを感じた。


「種目は『Add-on Chess』。通常のチェスルールに加え、両者には『Add-on』の権利が2回与えられます。」


「アドオンチェス?」


 聞いたことのない言葉に戸惑いを隠せない。だが、アリスと帝羅はそんな俺と違って慌てる様子もない。


「『Add-on』とはその名の通り()()()を追加することです。『Add-on』の宣言と同時に、追加するルールも宣言していただきます。それが公正なものであると私が判断した場合のみ、ルールを追加いたします。『Add-on』の宣言に関しては、いついかなる状況においてもその権利を有する限り可能です」


「ルールの追加、ね。嫌なくらいこの学園らしいじゃない」


 アリスはため息混じりにそう言った。


「何を面倒そうに。あんたが要望したんじゃないの?」


 帝羅は相変わらず不機嫌そうに問いかける。


「いいえ、そのような要望を出した覚えはないわ。それに、私の要望はまだ反映されてないわ」


 アリスは帝羅の前にあるチェス盤に視線を移す。そこには馴染みのある白と黒の駒たちが整然と並んでいる。


「ご心配ありません。すぐに反映いたします」


 決闘局の男がパチリと指を鳴らすと、盤上の駒に変化が起きた。先程まで黒々としていた駒たちが、まるで鮮血を浴びたように赤く染まっていく。


「正義か悪かではなく、規律か革命かの二元論的争いにうってつけの舞台が整ったわ」


 アリスは恍惚の表情を浮かべる。正直なところ、これに意味があるのかはわからない。しかし、もう後戻りはできない。対決の火蓋は切って落とされようとしている。


「ふん、変な小細工を。駒の色が変わったところで、あたしが勝つわ。さぁ座りなさい、九条アリス」


 帝羅が苛立ちを隠さず促す。だが、アリスはその椅子には座らなかった。

 代わりに彼女は俺の背中を、優しく、しかし抗えない力で前へと突き飛ばした。


「え……?」


 たじろぐ俺を無視して、アリスは帝羅に向かって、この上なく楽しげに告げた。


「あら、勘違いしないで。私がその椅子に座るわけではないわ。……戦うのは青葉君、あなたよ」


「 俺が……やるのか……?」


 ヘルメットの顎紐が、急に喉を締め付けるように感じた。


「もちろん。あなた、ボードゲームが好きだったよね」


 思考が停止する。相手は、この学園で不敗を誇る『暴君』だ。いくらボードゲーム好きとはいえ俺が勝てるわけがない。

 だが、俺の困惑を塗り潰すように、帝羅の怒号が響いた。


「ふざけないで! あたしにはこんなやつで十分とでも言いたいの!」


「あら、心外だわ。私の大切な『駒』に対してそんな言い方……。これでも少しは頭は回る方よ」


 全く心外そうなそぶりを見せないアリス。二人からの散々な言われように、負わなくてもいい心の傷を負ってしまう。


「じゃあ頑張ってね青葉君。頑張り次第ではあなたの言うことなんでも一つ聞いてあげてもいいわよ」


「何でもって……どうなっても責任取れませんからね、俺」


「ただし必死さが見えなかったら……《《あの》》写真を篝火にでも流そうかしら」


「やっぱあんた鬼だ!悪魔だ!アリスだ!」


「その通り、私は学園奉仕メイド部部長にしてこの学園に革命をもたらす者、九条アリスよ」


 アリスの宣言が、広い対局場に余韻となって響く。

 俺はそそくさと帝羅の対面に座った。

 帝羅小鞠は、ただ冷たくアリスを、そして俺を見据えていた。その瞳の奥は隠す気もない殺気で満ち満ちていた。


「後悔させてやるわ、あたしをここまでコケにしたことを」


「お手柔らかに頼む、本当に、心から」


 直後、カツン、と乾いた音が室内に響いた。

 帝羅が指を離した先、白のポーンが鋭く前進している。

 挨拶代わりの、しかし一切の妥協のない一手。

 

「さっさと終わらせてあげる、こんな馬鹿げたこと」


 帝羅はそう吐き捨てると組んでいた足を解き、チェス盤の真上へとその汚れを知らぬ指先を突き出した。

 

「『Add-on』」


 凛とした声が空気を震わせる。

 その光景は絶対的な王が平民に死を宣告するかのようだった。


「全ての駒は後退することを禁止する」


 それは一度踏み出したが最後、その身が滅びるまで前進し続けなければならない、逃げ場なき『死の行軍』の始まりだった。

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