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冬の片隅で

作者: 清水ハル
掲載日:2025/12/06


 

ビルの間を吹き抜ける木枯らしが、鋭く頬を刺す。

束の間の秋はあっという間に駆け抜けて行き、

街は冬を迎えたらしい。

 


私はバッグから手袋を取り出そうとする。

…ない。片方はあるけれど、

もう片方は家に置いてきたらしい。



軽くため息をつき、ポケットに空の右手を突っ込む。

ポケットの中に、うっすらと穏やかな温もりを感じる。

―不意に、過去に置いてきたはずの記憶が蘇った。



真冬のデートで、手袋を忘れた私。

あなたは馬鹿だなあと笑いながら、私の手をとった。

これなら2人ともあったかいでしょ、と。



大きくて、少しかさついた手のひら。

あなたの手が、私の小さく湿った手のひらを優しく包み込む。

あの頃はまだ若くて、こういうことに慣れてなくて、

素直に顔を赤らめていた。

そんな私を見てあなたはまた、笑ってたっけ。



ポケットの中で、左手をぎゅっと握りしめる。

冷えきった指先が、乾いた手のひらに

ぐっと沈み込み、痛い。

…痛みとともに、あの頃の後悔が蘇る。



あなたはいつでも、おぼつかない私の手を引いてくれた。

それがいつしか当たり前になって、

知らず知らずのうちに甘えていた。



いつしかあなたの背中は遠ざかり、

気づいた時には手を伸ばしても届かない場所に行ってしまった。



「…」



あの時私がもっとしっかりしていれば。

あなたがそばにいてくれることに甘えず、

もっとちゃんと、自分の夢を追っていれば。

…そうすればまだそばに、いてくれたのかもしれない。



不意に、頬を一筋の涙が伝うのに気づく。

気づけば歩道の真ん中で、俯き足を止めていた。

―とっくの昔に、置いてきたはずなのに。



ポケットの中で、冷えた手をぎゅっと握り直す。

わずかに残る温もりに、ほっと息をつく。

左手には、赤い手袋。

何も着けていない右手は、コートのポケットの中。



―手袋は片方しかなくても、

今の私の手は、確かにここにある。



木枯らしの中で、胸の奥がじんわりと温まる。

あの頃の思い出は遠くても、今の私もまた、

少しずつ歩き出せるのかもしれない。



常夜灯の灯りが、薄暗くなった街をほんのりと照らす。

視線を落とすと、うっすらと伸びたひとりの影が

まっすぐにタイルの地面に伸びている。

その影の色はおぼろげながらも、

はっきりとした輪郭をもってそこに佇んでいた。



…大丈夫。

あなたの手がなくてももう、1人で歩いていけるよ。



私は頬をつたう涙をそっと指先で拭い、

再び前を向いて歩き出した。

常夜灯の灯りが、足元をそっと照らし出す。



たとえおぼつかない足どりでも、

私は確かにここに立ち、生きている。

遠ざかる街の明かりが、まだ見ぬ未来へと

私の背中をそっと押してくれるようだった。





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