第4話:処方箋は拳骨です~オーガの肩凝り解消法~
「あらあら、困りましたね。これほど重度の『自律神経失調症』は久しぶりです」
瓦礫の山と化した市場の大通りで、エレナは悠然と微笑んでいた。
彼女の目の前には、身長三メートルを超える巨躯のオーガが立ち尽くしている。
先ほど振り下ろされた丸太のような棍棒は、エレナの白く細い左手一本によって、ピタリと受け止められていた。
「グ……ガァ?」
オーガの濁った瞳に、困惑の色が浮かぶ。
全力の一撃を、羽虫のような人間に止められたのだ。
その理解不能な現実に、怪物の思考が追いついていない。
「呼吸が浅く、筋肉が過剰に収縮しています。これでは血流が悪くなり、イライラして暴れたくもなりますよね? 大丈夫、私がすぐに『ほぐして』差し上げますから!」
「おいエレナ! 相手は魔物だぞ!? 会話が通じるわけねぇだろ!」
背後で腰を抜かしているリックが叫ぶが、エレナの慈愛に満ちた耳には届かない。
彼女は右手にはめた『聖女の鉄拳』をチャキリと噛み合わせると、深く踏み込んだ。
「まずは凝り固まった僧帽筋へのアプローチです!」
ドォォォォン!!
空気が破裂するような轟音が響き渡る。
エレナの拳がオーガの肩口にめり込んでいた。
いや、正確には衝撃波が肉を貫通し、背中側へと抜けたのだ。
「ギャァァァァァアッ!?」
オーガが絶叫する。
それは捕食者の咆哮ではなく、理不尽な暴力に晒された被害者の悲鳴だった。
「はい、痛いですねー。滞っていた老廃物が一気に流れている証拠ですよ。次は腰です。骨盤の歪みが全身の不調を招いているんです」
「ガッ、グッ……!?」
逃げようとするオーガの足首を、エレナは笑顔で掴んだ。
「逃げてはいけません。治療は早期発見、早期解決が鉄則です。『物理指圧』!」
ズダダダダダダッ!
目にも止まらぬ連撃が、オーガの腰、背中、脇腹へと叩き込まれる。
一撃ごとにオーガの巨体が宙に浮き、骨格が強制的に矯正(という名の破壊と再生のループ)されていく。
「ひぃぃ……あれは治療じゃねぇ……ミンチ製造機だ……」
リックは顔を覆った。
先ほど自分が受けた施術がフラッシュバックしたのだ。
しかし、周囲の反応は違った。
瓦礫の影から様子を窺っていたマッスルヘイムの住人たちが、呆気にとられた顔から、徐々に熱狂へと変わっていく。
「おい見ろよ……あの姉ちゃん、オーガを素手で圧倒してやがる」
「魔法なんてチャラついたもんじゃねぇ。純粋な『筋力』だ!」
「すげぇ! あんな細い腕のどこにあんなパワーが!?」
力こそ正義。
筋肉こそ法。
そんな辺境都市マッスルヘイムにおいて、エレナの行いは「最高のエンターテインメント」
として受け入れられつつあった。
「仕上げです! 全身の血行を促進させるため、一度意識を飛ばしてリラックスさせますね!」
エレナは大きく振りかぶると、神聖な光を纏った拳をオーガの鳩尾へと突き出した。
「『物理回復』奥義――強制鎮静拳!!」
ゴガァッ!!
鈍い音が響き、オーガの巨体がくの字に折れ曲がる。
そのまま砲弾のように吹き飛んだオーガは、向かいの廃屋の壁を突き破り、ようやく静かになった。
土煙が舞う中、エレナは額の汗を上品に拭う。
「ふぅ。少し強めの処置でしたが、これで熟睡できるでしょう。目が覚めた頃には、体も軽くなっているはずです」
シーンと静まり返る大通り。
オーガは白目を剥いてピクリとも動かない。
どう見ても気絶、あるいは昇天している。
「す、すげぇぇぇぇぇッ!!」
沈黙を破ったのは、完治したばかりの若い剣士だった。
彼は涙を流しながら、折れた剣を掲げて叫んだ。
「一撃でオーガを葬り去った! しかも魔法を使わずに、拳一つで!」
「聖女様万歳! 最強の聖女様だ!」
「あの拳こそ救済! 俺の腰痛も治してくれぇぇ!」
わっと歓声が湧き上がり、荒くれ者たちがエレナを取り囲む。
「あら? 皆さん、そんなに健康に不安があるのですか? 任せてください、この街には診療所が必要だと思っていたところです!」
嬉しそうに微笑むエレナ。
その笑顔を見て、リックだけが青ざめた顔で呟いた。
「……この街、終わったな」
こうして、聖女エレナの『物理回復』診療所伝説が、最悪の形で幕を開けたのだった。
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【登場人物】
- マッスルヘイムの住人たち: 観衆・エレナの信奉者予備軍
【アイテム・用語】
- 物理指圧: 拳による打撃で衝撃波を体内に通し、深層筋肉を強制的にほぐす(破壊する)技術。
- 強制鎮静拳: 鳩尾への強力な一撃で対象を強制的に気絶させ、「リラックス状態(昏倒)」を作り出す荒技。




