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第5話




 

「ぷはぁ……やっぱ卵焼きは、世界を救うわ」


 


朝食を食べ終えた翠は、椅子の背にもたれて大きく深呼吸をした。

ふわっふわの卵焼きに、やさしい塩味のスープ、そしてもはや心の支えとなっているジャガイモ素揚げ。完璧な布陣だった。


 


「これで多少の災害にも耐えられる気がする……台風、地震、月の涙、あとピルカの爆弾発言」


「え、それボク!? 月の涙と同列扱い!?」


「あたりまえでしょ! 空が裂ける話の次に、“ドアでどこでも転送OK☆”とか言われて正気でいられるわけないし!」


「いやあ……便利じゃん?」


「その便利が怖いのよ!!」


 


ひとしきりツッコんでスッキリしたところで、翠は再度問いただす。

“大魔術師モルガン”という存在について。


“世界最強”だかなんだか知らないが、得体が知れなさすぎて気味が悪いったらない。


自由に体を使っていいということなんですが、…だったら当然、持ち主のことをもっと知るべきでしょ?


 


(だって、世界最強ってことは魔王とか(いればの話だけど)も倒せるレベルってことだよね??そんな人が呑気にこんな辺境の場所で暮らしてるわけないし、絶対いわく付きの事故物件でしょ)


 


「ねえ、ピルカ。もう一度聞くけど、モルガンってどんな人なの?」


「それ、さっきも聞かなかった?」


「聞いたけど、ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん??」


「ダメなものはダメ」


「なんでよ!?」


「世の中には知っていいことと知っちゃいけないことがあるの。キミも大人なんだからわかるでしょ?」


「いやいや、そんな世間一般常識を語る前にさ??冷静になって考えてみてよ。無断で魂を交換されてる件について」


「それはモルガン様に聞いてよ」


「ああもう!わかったわかった!個人情報云々に関してはもういいよ…。今回はもうちょっと、日常的なこと! 趣味とか、好きな食べ物とか、休日の過ごし方とか、朝はパン派かごはん派かとか!」


「うーん……」


 


ピルカはしっぽでテーブルをぺちぺち叩きながら、少し考え込んだ。


 


「まあ、それくらいならいいかな。

モルガン様は……基本的に気まぐれ」


「気まぐれ……?」


「うん。一日中ベッドから動かないで寝てる日もあれば、朝から晩まで農作業に没頭してたり、パン工場で延々と仕分けしてたり」


「WATS??パン工場!?」 


「うん。“庶民の生活を知るのは、大魔術師として当然だ”って言って、

帽子被ってベルト巻いて“コンベアで流れてくるパンを右左に分けるだけの作業”を、一週間無言でやってたよ」


「なんの目的で? それモルガンがやる意味ある!?」


「でも、そういう時のモルガン様、めっちゃ生き生きしてるんだよね〜。

“私は今、魔力ではなく筋力で世界とつながっている”とか言ってた」


「どういう理屈で??!」


「さぁ、それはボクにもよくわからないけど、「いつだって工場勤務は体が資本!!」とか、「パンの仕分けは心の仕分け♪」とかなんとかって言ってたよ」


「やばい、よくわからないけど色々やばい……!」


 


翠は頭を抱えた。

どう考えても最強クラスの魔術師がする行動じゃない。


というか意味がわからない。


「魔術師」なんだからもうちょっと賢い…というか学者的なライフワークを送ってると想像してたんだが、やってることが予想の斜め上すぎる。


個性的すぎるでしょ。



「あとね、畑仕事は好きみたいだったよ。

この家の裏にも小さいけど畑があって、モルガン様、たまに農具に魔法かけて自動で土を耕させたりしてた」


「魔法を便利グッズ化してる!? 完全にスローライフ志向じゃん!」


「まあ、その後、耕しすぎて地盤沈下して一帯が池になったんだけど」


「それ、畑じゃない! 湿地だよ!!」


 


翠はジャガイモを手に取って、ぺちぺち自分の頬を叩いた。現実に帰ってこい、自分。


 


「……ちなみに、ほかにもなにか趣味とかあるの?」

 

「瞑想、山登り、骨董集め、星の観測、あと腕立て伏せ」


「……最後だけ毛色が違くない?」


「いや、ちゃんと意味あるんだって。ほら、“何万回も腕立て伏せした末に、自分の肉体に流れる魔力の波形が“龍の周期”に近づいた”とか言ってたし」 


「…えっと、つまりどういうこと??もはや筋トレが魔法に影響するってこと!?」 


「たぶん気のせいだと思う」


 


真顔で即答するピルカ。

なんなんだこの人(※魔術師)の生活。


 


「そうそう、この前は一ヶ月間、山頂の岩の上で“人間の本質は孤独”って呟きながら瞑想してたよ」


「なにその人生に疲れた哲学者みたいな思考!!悟り開く気!?」


「開いてたよ。途中から“岩と同化”してたもん」


「じゃあもうそれ岩じゃん!!岩になろうとしてんじゃん!」


 


もはやモルガンという人物像は、完全にカオスの塊だった。

最強の魔術師。だけどスローライフ志向。けれど謎の修行も欠かさない。


 


「……こんな人の体に、今わたしがいるんだよね」


「そだよ。だから君も、そのうちパン工場で3交代シフトとか組まれるかも。あ、もちろん24時間勤務でね?」


「は??どゆこと?」


「モルガン様は体力が無尽蔵だからさぁ。やる時はやるんだよ。変装術と分身術を駆使して、一個の工場を1人で回してた時だってあるし」


「1人で!?」


「そだよ〜。だからキミも早めに変装術は覚えておいた方がいいかもね?以前お世話になった工場から電話がかかってくるかもしれないし」


「……えーと、…うん。絶対嫌なんだけど!!!!!!」


 


翠は頭を抱えたまま、椅子から滑り落ちそうになった。

自分の新しい人生、あまりに読めなさすぎる。


でも、ひとつだけ確かなことがある。


 


「……よし。とりあえず、畑作るわ」

 

「え?」


「まずはそこからだよ。日常を手に入れるには、やっぱり大地と向き合わないとね」


「でも、間違ってもクレーター作らないようにね?」


「やめてええええ!! そのフラグほんとやめてえええええ!!」


 


翠の叫びがまたしても家中に響き渡る頃、外の森では一羽の鳥が首をかしげていた。

世界がほんの少し、動き始める音がしていた。




 


「さて、畑をつくろうじゃないか」


 


朝食を食べ終え、モルガンのカオスな人物像をなんとか脳内で“ファンタジー枠”に収めた翠は、意気揚々と立ち上がった。

手にはジャガイモ。心にもジャガイモ。精神安定の象徴、ジャガイモ。


 


「畑を耕すには、まず道具がいる。鍬に、スコップ、堆肥に、種子、あとは防虫ネット、支柱、潅水用の水路設備、それに……」


「はいストップ。なんか急に農業のプロフェッショナルが爆誕してるけど」


「農業高校在学中ですけど何か」


「むむぅ……知識がガチすぎてツッコミしにくいっ!」


 


翠はピルカのツッコミを完全にスルーし、家の裏庭へとずんずん歩く。

そこには緩やかな斜面に広がる、草地まじりの開けた空間。日当たりも風通しもよく、土もふかふかだ。


 


「……ここだ」


「え、いきなり?」


「この土地、日照6時間は確保できる。保水力は中程度、緩やかな傾斜が排水性を高めてくれている。雑草は生えてるけど、土壌菌のバランスは悪くなさそう。つまり——」


 


翠は天を仰いで言った。


 


「——この大地、育てる価値アリと見た!!」


 


ピルカが拍手していた。どこから出したのか、ポップコーンをぽりぽり食べながら。


 


「でも、農具もない、種もない、そもそも肥料どこよ?って話じゃん」


「うん、それはこれから集めるの」


「うん、知ってる。でも、どこで?」


「……ピルカ、そういうの売ってる場所、知ってる?」


 


ピルカはしばし考え込み、それからしっぽをくるんと巻いてくるりと一回転した。

その瞬間、ぽんっとテーブルの上に、ふしぎな光の粒が浮かび上がった。


 


「ボクが知ってる範囲ならね。魔導都市 《オルティナ》、交易市場 《バザール・ネフト》、農具の聖地と呼ばれる 《テルファル郊外》……このへんかな?」


「農具の聖地ってなに!? 神社的な!?」


「信仰じゃなくて供給の話ね。名産は“魂のクワ”っていう農具。使うと雑草が根から音を上げて逃げていくとかなんとか」


「おぉぉ、なんかすごそう!!(よくわからないけど)」


 


ピルカの魔法はとても便利だった。

それぞれの街の“今”の映像がホログラムのように浮かび上がる。


 


《オルティナ》は浮遊大陸の中腹にある都市で、魔法使い御用達のショップがずらりと並んでいる。見た目は完全にRPGの魔導ギルド街。

《ネフト》はごちゃまぜ文化が広がる交易都市。市場では魔獣の干し肉から水晶のバケツまで何でも売っている。まさに混沌の商都。

そして《テルファル郊外》。そこはなんというか……地味に見えて、本気でヤバそうだった。


 


「……決めた。最初は《テルファル郊外》に行く」


「え、いきなり聖地から? オルティナで杖とか買ってくるとかじゃなく?」


「杖よりクワです。私はクワを握るためにこの世界に来たの」


「え、転生理由そこ!?」


 


翠はドアの前に立つと、すうっと息を吸い込み、そしてピンク色の丸いサングラスをくいっと上げた。

(※このときだけ何故か、背景に夕焼けのような効果が発生した)


 


「ドアノブ……だったよね、ピルカ。ここを握って、行きたい場所をイメージすればいいんだよね?」


「うん。場所の座標とイメージを明確にすれば、任意の転送が可能。ただし、魔力の暴走だけは気をつけてね? ドアの先にある空間をうっかり書き換えちゃって海底に行ったモブ魔術師もいるから」


「そんなトラウマになる事例をサラッと語らないで!!」


 


翠は額に軽く汗を浮かべながら、ピンクのサングラス越しに光の地図を見つめる。

《テルファル郊外》——地平線の果てに広がる、野良農家たちの聖地。


 


「よし、イメージ完了。行くよ、ピルカ」


「いってらっしゃーい! 種と肥料、忘れずにねー!」


 


ドアノブを握る。ぐっと力を込めて——。


 


「開け、農業の未来!」


 


ギィィ……と音を立ててドアが開いた瞬間、風が吹き込んできた。

そこには——見渡す限りの畑と、土埃にまみれた農具屋の看板が立っていた。


 


翠の異世界スローライフ、ついに実働開始である。







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以下に、モルガン邸の玄関=転移ゲート構造の科学的・魔術的詳細設定を記述する。これは「魔法理論」と「空間魔術工学」の観点から緻密に設計されており、単なる便利装置ではなく、異世界の文明水準を示す超高等魔術工学装置として機能している。



▼ モルガン邸 《玄関転移ゲート》



■ 名称(術式・装置名)


次元位相扉環アーカ・デ・ルーメ

略称:「位相転移扉」/転送式位相門/“モルガンゲート”




■ 設計者


伝説の大魔術師 モルガン=クラルヴァイン

(7属性を制御した唯一の魔術工学者/空間魔導設計の祖)




■ 目的


・本人および認可者の安全な空間移動

・外敵および干渉からの完全遮断(ステルス性)

・居住空間を基軸とした“固定式転移ノード”としての利用




■ 魔力理論:三重位相接続構造


1. 空間座標固定術式(Core-Sphere)

 → モルガン邸内部に基準座標(0次元ベースノード)を固定

 → 「魔力座標系」と「地理座標系」の同期を行い、どこでも自宅に帰還可


2. 次元重合構造術式(Dim. Overlay)

 → 玄関ドア内側に“魔法円回路”を刻印(魔力回路層)

 → 転移対象座標を一時的に重ね合わせ、位相トンネルを生成


3. 意識転送式入力装置(Perceptual Key)

 → ドアノブは“意識同調型魔導装置”であり、接触者のイメージ・概念波長を読み取って対象地の魔力構造へ接続

 → 不確定・あいまいなイメージは転移不能(安全機構)




■ 制御媒体


・玄関ドア本体:

 高純度の「星鉄木アストリウム・ティンバー」と呼ばれる魔力導通性の高い霊木で構成。魔力歪曲に強く、空間操作の基盤に最適。


・ドアノブ部位:

 中核部には《位相晶核フェイズ・コア》と呼ばれる転移魔力の制御結晶体が埋め込まれており、使用者の“意思波”と同調することで転移先を演算。




■ 魔力量の必要条件


・転移対象地との距離、魔力密度、相互干渉フィールドの有無によって変動

・モルガン級の魔力を持つ者(翠など)であれば、1回の転移に約2%の魔力量を使用

・通常の魔術師では、1日1回が限度(または機能起動不可)




■ 主なセキュリティ機構


【機構名/機能概要】

□ 結界干渉無効化 / 外部からの精神干渉・転移妨害を完全遮断

□ 指定者限定開扉 / 所有者と許可登録者のみがドアノブに干渉可能

□ 位相クラッシュ防止処理 / 転移先に類似した位相座標が存在する場合、エラーハンドリングにより転移無効化

□ 魔力誤動作防止 / 強い感情干渉や暴走時はゲート自体がロック(暴走転移を防ぐ)




■ 応用例・特殊機能


・「どこでも帰宅装置」として、外部空間からモルガン邸への転移にも対応(居場所特定不要)

・“非存在性”の結界領域との親和性により、隠匿居住空間内でも外部世界と接続可能

・魔術学的には、これは“自己空間反転魔術”と呼ばれ、異次元型住宅設計(Dimensional Home Architecture)の代表格




■ 民間技術への応用は?


・完全な再現は不可能。国家魔術研究機関でも理論段階止まり。

・一部要素は、国家魔術省・結界庁・王室機関で使用されているが、転送先精度・安全性に劣る。





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