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第3話



 


「……翠ちゃん、君ちょっと……そのままじゃ危ないよ」




テーブルの上に肘をついて、ピルカが言った。

そのしっぽはぴょこぴょこ動いてるのに、声色はわりと真剣そのものだった。


 


「え、なに? もしかしてまた私、くしゃみで湖の水全部蒸発させたりした?」


 


「まだしてないけど、それ、時間の問題だね」


 


私の顔が青ざめたのを見て、ピルカはにゃふっと笑う。

やめてそういう余裕顔。人間っていうのはね、見えないものより“笑顔の裏”が一番怖いんだよ。


 


「君、魔力制御の訓練してないでしょ? てか、魔力に“制御”って概念があることすら知らなかったでしょ?」


「はい、知らなかったです……っていうか魔力って何!!」


「魔力は魔力だよ。魔法を使うための力」


「…うーん。……まあそうなんだろうけどさ。言われてみればそうだよね…。よくわかんないけど、ようするに火を噴くとか水を自在に操るとか、そういうやつ???」


「うんうん」


「そういうのって、たいてい修行シーンあるもんね、漫画とかでも……」


「そう、でも君の場合はその“力”がオーバーすぎるからね? ちょっと感情が乱れただけで火山噴火・地割れ・水源氾濫・気候変動・未確認生物の目撃報告までコンプリートしちゃうかもしれない」


「いま最後、明らかにおかしいの混じってたよね!?」


 


ピルカは机の上にぽん、と小箱を置いた。


 


「というわけで、まずはこれを使ってみようか」


 


箱を開けると——中には、なにやら宝石のような光沢をもったアクセサリーたちがずらりと並んでいた。

イヤリングに、杖に、サングラスに、ヘアピンに……え、サングラス?


 


「これ、モルガンが“普通の生活をするために”用意してた、生活魔具セットだよ。オールモルガン印。しかも初回限定デザイン」


「通販番組みたいに言わないで」


 


ピルカは手(前足)で、ひとつずつ説明してくれた。


 


「まず、これ」


 


——取り出されたのは、小さな金色のイヤリング。淡く輝く宝石が埋め込まれていて、よく見ると模様が魔法陣っぽくなっている。


 


「これは《マナ・リミッター》。君の体から常時放出されてる圧倒的魔力の“漏れ”を、最低限まで抑えてくれるよ。つけないと、近づいた蝶とかが過剰進化しちゃうから注意ね」


「蝶が……なに? 進化? ポケ●ンかよ……」


 


「つぎ。これがサングラス」


 


取り出されたのは、丸型のピンクサングラス。

フレームは華奢で、ちょっとレトロな雰囲気。でも……なぜか異様に高級感がある。レンズはやや濃いめのショッキングピンクに染まっていて、どことなくクールな感じ。


 


「正式名称は《アイズ・オブ・ヴェール》。

君の“視覚”は今や、真理を見通すレベルになってるから、普通の状態で世界を見ると、精神に負荷がかかっちゃう」


「えっ……もしかしてさっきの、壁透けて見えてた現象……」


「それね」


 


思わず震える。


私、知らずにこの家の間取りどころか地中の虫まで見えてたんだ……コワ……!


 


「これをかけてる間は、君の“見る力”が一般人レベルに制限されるよ。

副作用は、ちょっとイケてる雰囲気が出すぎることぐらいかな」


「副作用、イケメン感かよ」


 


さっそくサングラスをかけてみると、なんとも言えない安心感があった。

世界が……普通に見える。虫も壁の向こうも“存在感”が薄くなっている。

ああ、見ないってこんなに大事なことだったんだ……。


 


「そしてこれが《マナ・アース・ロッド》。いわゆる“杖”だね。

君の魔力が集中しやすいように調律されてる。落雷を収束させる避雷針みたいなもんだよ」


 


ピルカのしっぽの先で差し出されたそれは、白銀の装飾が施された黒木の杖。先端には真紅の石が光っていて、握った瞬間にぴたりと手に馴染む。


 


「これもって農作業したら絶対すごいことになるよ。畑耕したら地下まで崩壊する」


「やっぱり農業向きじゃないじゃんこの体ぁぁ!!」


 


そして最後にヘアピン。


これは可愛らしいクローバーの形をしていた。

でも、つけた瞬間——


 


「えっ、なにこれ……思考が、なんか、整理される……」


 


「《モルガンの髪飾り》だよ。集中力と知覚を強化してくれる。魔力暴走の予兆も察知できるようになるから、パニック起こしそうになったら深呼吸とこれね」


 


ピルカは全てを渡し終えると、ふぅとため息をついた。


 


「これで、最低限“生活レベル”の魔力暴走は防げるようになったはず。

本格的な魔術訓練はまた今度にして、とりあえず外出しても町が爆発するってことはないと思うよ」


「その“町が爆発”って基準、やめてくれる……?」


 


私は深く深呼吸をして、もう一度サングラスの縁に触れる。

ピンクの視界の中、目の前の世界が、ようやく“普通の景色”として立ち上がってきた。


 


「……これで、外に出ても平気かな」


 


そうつぶやいて、私はそっとサングラスのフレームに指を添える。

桃色のレンズ越しに見える世界は、ちょっとレトロで、ちょっと可愛くて、なんだか“平穏”っぽい雰囲気すら醸している。


……が、その幻想は、ピルカの一言で容赦なくぶち壊された。


 


「まあ、出られないんだけどね」


 


「え? え?」


 


「いや、正確には、“出ても誰にも見つからない”っていう方が正しいかな?

ここ、モルガンの結界で完璧に隠されてるから」


 


「ええぇぇぇ!?!?!?」


 


両手を広げて家の外を指差す私に、ピルカは尻尾でぐるぐる円を描くようにしながら説明を始めた。


 


「ここ一帯、“魔力干渉不可・視認不可・音響遮断”の三重結界が張られてるの。

つまり、村の人からはこの家も、君も、存在そのものが認識できない状態。うっかり散歩に来ても、ここだけスポーンと脳内から消えてるような感じになってる」


 


「え、それって……つまり私、ご近所トラブルどころか存在すらしてない扱い!?」


 


「そういうこと〜。モルガン様、人付き合い苦手だったからね。村との関わり? 一切ナッシング。おすそわけ? もらったら“呪われる”って噂されてたし」


 


えぇぇ……この可愛いおうちの主が、そんな恐れられ方してたなんて。

てか、私、ここに住んでいいんだよね? 魔王の居城とかじゃないよね?(物理的には近いけど)


 


「じゃあ、村とか行くには……どうやって出るの? っていうか、そもそも出られるの?」


 


ピルカはにゃふ、と首をかしげると、玄関の方へ歩いていった。

振り返ることもなく、さらっと言った。


 


「玄関のドアノブに触れて、“行きたい場所”をイメージすればいいだけだよ」


 


「………………は???」


 


耳を疑った。ついでに、ジャガイモを握りしめた。精神安定。


 


「もっかい言って?」


 


「だから、“玄関のドアを開ける”って行為が、この家では《転移魔法》なんだよね。

この家、モルガン様が“どこにいても帰ってこられるように”って設計した、“全方位帰還可能型魔術空間”だから」


 


「全方位……なに?」


 


「どこへでも行ける魔法の玄関ってこと」


 


「え、私、それ聞いてない。転生初日なのにワープ機能実装済みなの!? それって、ポ●モンで言うところの“いあいぎり”覚えないまま“そらをとぶ”使うようなもんでしょ!?」


 


「たとえがマニアックすぎるよ」


 


ピルカは笑いながら玄関のドアノブに前足をちょこんとのせた。

すると、ドア全体がふわっと淡い光を放ち——桃色の魔法陣が、静かに回転し始める。


 


「ほら、今、君が“行きたい場所”をイメージしてみてよ。

たとえば村の広場とか、近くの牧場とか、ジャガイモ畑でもいいよ」


 


「いや、今ちょっとその自由度にビビってるから!」


 


自分の気持ち次第でどこにでも行ける。

でも、間違えて“ハワイ”とかイメージしちゃったら、いきなりモルガン本人とエンカウントとかない!?

しかも向こうはパイナップルかじってくつろいでる真っ最中とかだったら、こっちのメンタルが先に崩壊する。


 


「ちなみに、行き先を明確にイメージできないと、ドアは絶対に開かないよ。だから安心して」


「そこだけ優秀なセキュリティ……」


 


結局私は、慎重に“村の入口のちょっと手前”を想像することにした。

さっき遠くから見た、あの丘の下あたり。村人に見つからない程度の場所でいい。


 


ドアノブに手を添えると、ほのかに熱を感じた。

心の中で、“村の入口のちょっと手前”“村の入口のちょっと手前”と念じながら、ゆっくりドアを引く——


 


「おぉ……本当に、景色が……」


 


ドアの向こうには、さっきまでの緑の草原ではなく、確かに丘の中腹のような場所が広がっていた。

風が吹き抜けて、遠くにはのどかな家々と、行き交う村人たちの姿が……いや、めっちゃ人集まってない?


 


「ちょ、ちょっと待って!? なんか村の広場、ざわざわしてるよ!? 騎士っぽい人いるし、神官っぽい人もいるし!? なんかみんなで……拝んでる!?」

 

「“モルガン様の魔力が戻った気配がある”って、村の占い師が言い出したらしくてね。

あっという間に村中に伝わっちゃって……だからじゃない?」



ジャガイモを抱きしめたまま、ドアをそっと閉じた。


 

「…………あのぉ、ピルカさん?」


「なに?」


「私、今からスローライフ始める予定だったんだけど……」


「スロー(な平穏)なんてどこにもないよ、この世界には☆」


「だからその☆が怖いんだってのぉぉぉぉ!!!」


 

私は叫びながら、ふかふかのクッションに顔をうずめた。


……もうちょっと、落ち着いてから外出しよう。

ワープドア便利だけど、魔王ムーブ始まるところだった。



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