表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ペットの社会学(3)

前回のペットの社会学(2)に続き(3)は昔の人間と犬猫の拘わり方を振り返り、今の人間のペットへの拘わり方に触れ問題点を探る。

ペットの社会学(3)

承前

 昔はこうだった

 はじめに、 私の子供のころの時代の飼い犬や飼い猫の話をしたい。

 私の故郷は田舎で子供のころは家で犬や猫を飼おうとするときは、近所や知人宅で犬とか猫が仔を産んだという風聞ふうぶんが何処からともなく聞こえて来る。

それが犬や猫のほしい家に届き、もらい受けたいことを伝えると、犬やか猫が生まれた家は、それならばと、毛並みのよいものを選んで育てくれて、後日、目があくころから数か月程度後に仔犬や仔猫を貰い手に引き渡す。

 金銭的なやり取りなど何もない。このような経緯をたどるのが多かった。

 あるいは、迷い犬、迷い猫がいつの間にか家に住み着いて、そのまま飼い続けることもあった。学校帰りに拾って来た犬や猫がついつい可哀そうになって手放せず家に連れて帰ると親に、家で飼えないから捨てて来なさいと、叱られたものだった。

 それでも捨てきれずに親に内緒で飼っていると、親も仕方がないわね、と追認してくれて犬や猫とともに晴れて喜んでものであった。

 そのとき親の決まり文句がある。それは”お前が面倒見るんだよ”だった。そんなことがきっかけで飼い始める家庭が一般的だった。業者から買って来ようものなら近所の評判になって、犬猫は当主より上の”お客さん”扱いだった。

 どの家も犬猫の世話は子供の役目だった。犬猫もその辺は心得ていて私が小学校から帰ってくると何処からか飛んできて、尻尾を立てて脚に体を摺り寄せ喉をゴロゴロ鳴らした。

 そんな犬や猫でも家では大切な役目があったものだがやがて失業の憂き目に遭う。

番犬の仕事をしていた犬も、電話などの普及で訪問客が減り、ネズミ捕りの役目を担っていた猫も家の密閉度が増して清潔度が増すとネズミがいなくなるり、仕事がなくなってしまったのだ。

 以前から猫は昼間は外に出し、夜になると戻ってくる。すべて放し飼いだったから結婚も自由で相手は何処の猫か分からない。犬は基本的に、庭や玄関近くに犬小屋を措いて、リードや鎖でつないで飼っていた。

 つなぎ飼いなので結婚相手には不自由だったような気がする。それでも近所には縄張りを持った野良犬がいたりすると、知らぬ間にその犬の訪問を受け、飼い犬が妊娠することもあった。人々は犬や猫の結婚相手が何処の野良の相手であるかなど詮索しもしなかった。呼び方も“飼い犬”、“飼い猫”でペットなどという呼称が登場したのは、はるか後年である。  

 猫とか犬は一度の出産で5~10匹の仔を産む。それも毎年のように産む。 生まれても誰にも欲しがられず、貰われ損ねた仔犬や仔猫はどうしたかというと、その家の親の命令でやむなく処分と言う事になるのだが、目のあかぬうちに、それも親犬や親猫に気づかれぬようにそっと引き離しバケツや段ボール箱に入れて近くの海に捨てに行ったものだった。その時は子供心にもとても可愛そうで、たまらなく嫌だった記憶がある。どの家も毎年生まれる仔をすべて育てることはできなかった。今のように去勢や不妊手術などもなく、公的に殺処分をしてくれる所などもない時代である。

 目のあかぬうちに近くの海に捨てに行くしかなかったのだ。残酷ではあったがこのような方法で地域の犬猫の生息密度は保たれていた。犬猫が死んでも火葬にするという習慣はなかった。火葬にして骨にする、という発想は当時、一般的でなかった。

 死ねばすべて土葬である。犬猫の死骸は、自宅の庭や畑などに埋葬するのが常だった。埋葬という言葉は正確ではない。ただ埋めるのである。土葬にされる犬猫はまだ良い方で、死ぬと親は子供の知らないうちにどこかに捨てに行ったりした。多くは離れた山林にポイ捨てをしたのだろう。死体は風化するか、狐やノイヌの獣たちの餌になった。

 我が家の猫は道端に生えている毒イチゴを食べて死んだ。一晩中苦しんだが私は手をこまねいて見ているほかなかった。犬猫病院などその名さえなかった。あったとしても金がなかった。犬猫にお金をかける、そんな慣習はなかった。私は裏山に穴を掘って木っ端で墓を建てた。裏山の所有者などは知るべくもない。昭和30年代前後の話である。

誰もが無罪放免ではなく、あんなこんなで昔も残酷さはあった。今思うと古き良き時代の残酷さであったとでもいえようか。

 しかし、今の残酷さは昔のそれとは異なったものがあるように思われる。


 現在、ペットの繁殖に関する部分は多くの人の知るところではないが、実態が暗い闇に包まれてよく分からないところが多い。産業化されたペットの生誕や死はどのように行われているのであろうか。

ペットの一生は「誕生」から始まりそうだが、実をいうと「誕生」の前に「胎仔期」がある。特異なのはこの「胎仔」の存在が母犬(猫)や父犬(猫)の関与するところではなく、交尾の経験も記憶もないまま、いつの間にか「胎仔」が胎内に住みつくのである。もちろん人為的な人工授精である。繁殖産業の製造工程の一部分(Partial manufacturing processパーシャルマニファクチャリングプロセス)であるという事である。言ってみればに母親にとって「胎仔」は居候いそうろう的、あるいは食客しょっかく的存在でやがては母犬(猫)を離れてどこかへ暇乞いもなく連れ去られてゆく存在なのである。親は無報酬で母胎を貸しただけなのだ。

 したがって親犬や親猫はわが仔を産むことは関与のない繁殖の、いち介在者あるいは、いち媒介者なのである。繁殖犬や繁殖猫は“仔あり仔なし”でその生を終える。仔犬仔猫の一生もまた数奇な一生をたどる。

 はるばる《遠い国から》この世界へやって来たのに「誕生」すると別々に「生育」され、品評され「業者ペットショップ」に売り払われて、“ペット買い(購入者)”に連れられて行く。そこで「愛憎」を振りまく働きをさせられる。

 その後は「加齢」「老衰」「殺処分」と運命的な一連の決まった終りがある。まるで森鴎外の『山椒大夫』の安寿と厨子王の物語のように。(注1)

 この仔犬や仔猫には不思議なことに「妊娠」や「出産」がない。それは去勢や不妊手術を施されているからで、人はここでも仔犬や仔猫の全能の神となる。

 それではこの全能の神の支配によって仔犬や仔猫はどのような一生過ごすのであろうか。

彼らに“救い”あるのだろうか。あるとすればそれは何かを探りたい。おそらくこのエッセイの主要な部分となるだろう。


(注1)安寿と厨子王は母と共に父を慕って筑紫の国へ行く途中、山岡太夫という人買いに騙され、母と子は別々に売り飛ばされ、さまざまな虐待と辛苦の数奇な運命をたどる物語。


つづく

次回はペットの社会学(4)である。この(4)おいてわれわれはより深刻なペット繁殖の過酷な実態を知るだろう。人は己が神でもあり悪魔でもあることを知らされる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ