その⑧ フリーフォール
フリーフォール、というアトラクションを知っているだろうか。
遊園地にある、乗客を乗せたゴンドラがゆっくりと上昇していき、頂上から一気に落とされるアレだ。
私は若い頃あのアトラクションが大好きで、現在では無くなってしまったが当時日本最大の高さを誇ったとあるフリーフォールが特に好きで、年に一回は乗りに通ったものだ。
無くなってしまうニュースを聞いて悲しく、切なく思ったのを覚えている。
とは言っても、私自身が最後に乗ったのはもう十何年も前になる。
最後に乗ったあの時。
信じられないモノを見てしまったからだ。
まだぎりぎり十代で、成人になる前にと仲間内で企画した車でのドライブ旅行。
若いゆえに無謀で、地図も携帯も使わずに目的地まで行こうと朝早くに出発した。
勿論、迷いに迷った。
目的地に着いたのは昼過ぎだったろうか。
道中、仲間内で喧嘩ばかりしたのも、それ自体は私にとっても良い思い出である。
施設に入り、私は早速目的のフリーフォールに乗りに行く。
仲間達は怖いからと遠慮していたが、私が強引に誘って結局全員で同時に乗った。
係員に案内され、アトラクションの敷地内に入る。
ゴンドラに幾つか椅子が並び、その中の一つに座る。
運良く客の混みもそれ程無かった為、全員が横並びで乗れた。
靴と靴下を脱ぎ、裸足になる。そうする事でスリルが増すのだ。
音楽と共にゴンドラが上昇していく。
ゆっくりと上昇したゴンドラは頂上に着くと少しの間停止する。
そして合図と共に一気に地上まで自由落下するのだ。
私はあの落下の時の、臓腑が全て上に持っていかれる様な感覚が大好きだ。
今でも、テレビゲーム内の高地からの飛び降り・落下ですらその感覚が少しだけだがする程に。
一回目のアトラクションを楽しんだ後、ぐったりしている仲間達をベンチに残し一人で二回目に向かう。
先程と同じく、混みが少ないので好きな椅子を選べた。
折角なのでさっき乗ったゴンドラとは逆のほうに座ろうと向かう。
すると、幾つか並んだ椅子の端。
明らかに一つだけ後から付け足した、見た目にも古い、赤いクッションの椅子が有った。
……これに乗るのは嫌だ。
そう思った。
考えている内に他のゴンドラには次々と他の客が乗っていく。
家族連れやカップルが乗ったゴンドラに一人で乗るのは気が引けたので、仕方なくその古い椅子の横に座った。
そのゴンドラには私しか乗らなかったのは間違いなかった。
ゴンドラはゆっくりと上がっていく。
上昇していく景色の中、確かに隣から不気味な……女の声が聞こえた。
「いつまでいるつもりなの」
隣に首を振るも、誰も居る筈が無い。
その時は気の所為だと思った。
朝早くに起きた眠気と、長旅の疲れが出たのだと。
頂上に着いたゴンドラは、停止の後に落下を始める。
いつもの様に手足を投げ出そうとした時。
違和感に気付く。
手は自由なものの、足が動かない。
――誰かに掴まれている感触がする。
下に下に、強く引っ張られる感覚が。
落下する時間は僅かだが、その間必死に安全バーを握り締めていた。
脱いで置いてあった靴と靴下を履き、急いでアトラクションから降りる。
様子がおかしかっただろう私を心配して仲間達が駆け寄って来る。
どうにも気分が悪くなった私は、とにかくその場を離れたくて、仲間の手を借りながら歩いた。
その時に一瞬だけ振り返ったのを、今でも後悔している。
あの古い椅子。
そこに……足の無い女が座ってこちらをジッと見ていたから。
若い頃の、仲間達との楽しい記憶の中に忌々しく残るあの女の顔。
とても忘れられない……あの恐ろしい顔は、楽しかった記憶を今でも塗り潰そうとしてくる。
了