その⑦ 夜道
社会人になりたての頃、住んでいたボロアパート。
築年数はかなり長いものだったが駅に近いという事も有り、部屋の空きはほぼ無かった。
間取りは六畳一部屋。木造で虫も多く出たが、初めての一人暮らしはそれでも、それなりに楽しかったものだ。
時期は冬。
あの頃私は、深夜に近くのコンビニ迄歩いて行くのが日課となっていた。
若く、体力も有り余り仕事をした後でもすこぶる元気だったのが懐かしい。
三百メートル程の道程だっただろうか。川の側にある道。
毎日その道を白い息を吐きながら歩くのが好きだった。
冬のキンとした澄んだ空気と静寂の夜の中を歩く。
車など一台も走っていないのに健気に変わる信号の光に非日常を感じながら歩くのも、好きだった。
ある日の、コンビニからの帰り道。
アパートの前を、お爺さんと孫、だろうか。子供が手を繋いで歩いていた。
時間は深夜二時。
こんな時間に居る筈の無い存在に、ゾッとした。
なにか、物の怪の類だと一目で直感した。
何か喋りながら歩くその二人がアパートから遠ざかるまで遠巻きに見ていたのを覚えている。
次の日にコンビニから帰って来た時にもその二人は居た。
その時には川を見ながら、二人でじっ……と佇んでいた。
恐ろしくなった私は動けなくなった。
暫く様子を見ていると急に子供がお爺さんの手を引き、川の方へ歩いていった。
そのまま、二人は川の中へ沈んでいったのだ。
私は何か得体の知れない、恐ろしいものを感じた。
そこに居たくなく、勇気を振り絞って走り出した。
アパートの自分の部屋へ急いで転がり込み、布団を頭から被って必死に眠りについた。
次の日、未だ鮮明に記憶にこびり付く光景を消そうとしながら出勤した。
すると川の前に人集りが出来ていた。
聞くと、今朝早くに老人の溺死体が見つかったという。
あの、お爺さんだった。
私はもう何が何だか分からなくなって、一先ずその場から逃げる様に走った。
お爺さんは現実の存在だったのだ。
なら、おかしいではないか。
何故、見つかったのは一人だけなのだ。
私はアパートを引っ越した。
何年か経ってから水難事故を調べても、やはり見つかった死体は一人だけだったという。
私は今でもたまに思い出してしまう。
あの子供の、本当に楽しそうな顔を。
了