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一ノ瀬桜は今日も転ぶ  作者: 星乃天音
1/1

転ぶのは業務外です

こんにちは。

『一ノ瀬桜は今日も転ぶ。』さいしょのエピソードです。

みなさんもきをつけて、およみください。

わなは、おもわぬところにかくれているものですから。

「ふぎゃっ」どしーん。

一ノ瀬桜(いちのせさくら)は今日も転ぶ。今日も今のところ二桁は確実に転んだ。

ここは燕書店(つばめしょてん)。なんでも、幸福な王子を読んで感銘を受けた青葉梟(あおばずく)店長がそう名付けたらしい。童話ひとつで大袈裟な、とか私は思うけど、案外人生を変える出会いは童話かもしれないし、漫画かもしれないし、なんなら、子供向けアニメかもしれない。出会いというのはそこら辺に転がっている。とよく店長は言う。そう何度も出会いがあって二転三転もしたらそれはそれで疲れそうだから、私は出会いの種を見つけてもそっと目を瞑ることにしている。なんだかんだ言って、燕書店の雰囲気が好きなのだ、私は。

燕書店は全体的に森のツリーハウスみたいな、大樹みたいな、木の絡まった感じ(多分これより正しい表現方法があるはず…)を基調に一階が本屋、二階がちょっとした休憩スペースとなっており、本を買い、家に帰ってからのお楽しみにしなくてもすぐに読むことができる。なんだか、森の中の本屋さんみたいでふわふわした絵柄の絵本に出てきそうでもある。なんとなく私はここで働いていると某天空の城の映画が観たくなる。それはともかく。

私は一ノ瀬さんが転んだ時に持っていた段ボール(一ノ瀬さんはブックトラック使えません)から落ちた数冊の本を拾って、この本の売り場に置く。

「ごめん天音(あまね)ちゃん!」「もう、次から気をつけてくださいね?」「はーい」

こんなドジだが、一ノ瀬さんのすごいところは、その体力と体幹にある。開店から閉店までシフトに入り、主に荷下ろしやお客様の対応をしているのに帰る時に私を(…いや、みんな誘われてるか…)毎日カラオケに誘ってくるのだ。無論、皆疲れ果てているため、一ノ瀬さんの誘いに乗る猛者は毎度毎度現れないのだが。

体幹に関して言うと、『二桁転んでるのに??』とか思う読者の皆さん(いや読者って誰)もいるだろうけど、ほとんどあれは一ノ瀬さんのドジ由来のものだから、今は一旦目を瞑っていただきたい。我が燕書店の二階には、某人を駄目にするソファやバランスボール、某無印の柔らかいビーズソファー、どこで買ってきたのか不明のやたらとオーガニックオーガニックしたハンモック、本屋にあるのがいちばんの不思議だが子供が喜ぶトランポリンもある(天井が高いため人が突き刺さったとか言う被害は今のところ無し)。私も、休憩時間になると、名付き(刺繍)燕書店オリジナルエプロン(胸の辺りに店長の燕のイラストが描いてある。地味に上手い。)を表とは一変、無機質なバックヤード(ぬくもりはどこへ)のロッカーの中のちょっとお高そうな木のハンガーに吊るして持ってきた文庫本を手に取り、二階へと入り浸ることもしばしば(ちゃんと店長の許可は得ております。店長ありがとう)…。まあ、私の話はこれくらいに、一ノ瀬さんの体幹は、その二階のバランスボールの上で普通にそのまま茶道が出来そうなくらいの正座や、立つのは無理だったけど、座るヨガっぽいものならできていた。一ノ瀬さんはとても簡単そうに座ったりヨガといえばのポーズを取ったりしているが、真似してみるとこれがまあ、難しい。そもそも正座ができない。読者の皆さん(だから誰)もバランスボールがあったらぜひ思い出してチャレンジしてみていただきたい。こんなわりとどうでもいいことを私は誰に話かけているんだろうとか思いつつ、私は事務的にレジ作業をこなしていく。すると右手首に付けたクリーム色の腕時計に目が留まった。おっと、いつのまにかもう休憩時間だ。お客様はさっきの人でレジ列は最後尾だったらしくいなかったため、

「休憩入りまーす」

私はバックヤードに入り、高らかに宣言して、POP用用紙を手に取った。


**~**~


いやはや、やはりJKというのは忙しい。毎日家と学校を往復し、学校では人間関係の荒波に揉まれ、面倒なテストがあり、ある者は塾、部活、バイト…。まあ私も燕書店のアルバイトなのだけど。

今読んでいる本は青春恋愛学園推理モノとかいう本だ。しかし、この4種盛り、普通に珍しくはないのである。薬で小さくなった漫画の某名探偵(青春かは知らないけど)とか、初野晴さんの『ハルチカシリーズ』とか、2024のこのミスで3位だったか4位だった米澤穂信さんの『小市民シリーズ』(そういえばアニメ化したね。)…あ、でもあれは恋愛要素がないなとかうんたらかんたら(あ、秋のならあるか)。バックヤードの机に置いてあるお菓子(店長セレクトのため手が汚れない)をつまみながら読んでいたのだが、読み始めた時はてんこ盛りになっていたおばあちゃん家を思い出させる木製のお椀の中にはもう、飴玉くらいしか残っていない。飴玉は四つ残っていて、ひとつはいちご味っぽく、いちごが白い背景に散らばっている包装紙の上からでもわかる三角形をしていた。ふたつめはパイナップル味らしく、というか、見た目がまず輪切りパインそのものだし、透明の包装紙にもパインアメパインアメと書いてある。まあまあ、パインは好きだ。みっつめは、のど飴みたいで、包装紙にぶどう味と書いてあるため、ぶどうなのだろう。よっつめは、CMなどで観たことのある読者の皆さんも多いだろう、『なめたらあかん』でお馴染み某3000のど飴レモン味だった。私がどれにしようかなぁと悩んでいる(幸せな悩みだ)うちに、「ふぅ〜」と後方から一仕事終え、これから休憩だという歓喜の声(私目線)が聞こえる。少し不安になって腕時計を確認すると、まだまだ時間は余裕だったので胸を撫で下ろす。あと本は5ページくらいだ。

「あ、天音〜」「あ、お疲れ〜」

と先程の声の主がひらひらと手を振りながら、私の隣に腰掛ける。

「うぬうぬ〜、やっぱ新刊発売日は腰に来ますなぁ〜」

なんて言って肩(肩関係ないんじゃ…?)をぐりんぐりん隣で回しているこの子は泉。私より色彩が薄く、髪の毛は毛先の跳ねたボブ、垂れた瞳は琥珀糖の様な色をしている。そんな泉は、私と同じ高校一年生だが、学校は別々で、バイトでしか会えない(泉はスマホ持ってない)友達だ。私がこの燕書店が好きな理由の一つだったりする。

「あ〜まねぇ〜、ここの店長セレクトお菓子はぁ〜?」

泉がくちびるを尖らせて犯人を問い詰める刑事…は言い過ぎか、なんかそんな感じに聞いてくる。

「もう食べちゃったよ」「えええ!?」「てかまだ飴があるでしょ」「むむむむ…」

泉は不満の声を上げつつ、いちごの飴玉の包装紙を職人技で素早く剝き、三角形の飴玉を口へ放り込んだ。

「天音ぇ、店長セレクトって、《無くなったら店長のお菓子メモ》に従って買ってこなきゃいけないんんだよ〜」なんだそれは、初耳学だぞ。

「え、何そのシステム!?ていうか、泉がお菓子補充係じゃないの?」「違う違う、わたしが毎回最後を食べてるだけ〜」

私がここ(燕書店)で働き始めて早5ヶ月。泉のバイト歴は私と一週間くらいしか違わない。一回も私が買い出ししてないなんてそんなことあってたまるか!なんだそのシステム!

「まーまー、天音の初買い出しってことでいいじゃん」

泉は呑気に笑っている。

「まあいいけどさぁ…」「ていうか、今回天音はその本のPOP書くの〜?」

泉がいちご味の飴玉を口の中でころころ転がしながら聞いてくる。

我らが燕書店では、月に一回必ず全従業員が1人一枚POPを書くことになっている。

「うん、そーだよ」「わぁ、こりゃぁ天音の好きそうな…」「でしょでしょ、初めて見つけた時びっくりしちゃったー!」

私は、青春!恋愛!学園!推理!みたいなモノが好きだ。この前読んだのだと、長沢樹さんの『消失グラデーション』とかも良かった。いつかあれもPOPを書きたいものだが、『消失グラデーション』は、ノーヒントで読み進めてこその驚きがあると思うので、やめておいた方がいいかもしれない。

「あとどんくらい?」「んー、4ページくらい?」「おお、じゃあクライマックスってとこか〜」

そういう泉は、かわいい見た目に似合わず、アクション、ホラー、R18Gはかかってないけどもうちょいでかかりそうなくらいのグロ、そして推理モノを好む。そういえば最近は雨穴さんの『変な絵』や『変な家(2)』がおもしろいとか言ってたっけ。私はホラーやグロ系は無理、アクションも、そこまでという感じだ。私はお椀の中のパインアメを手に取って包装紙を千切って中のパインを取り出して、口に放り込む。瞬間、私の口の中は甘い幸せで埋められる。

「うまぁ」「ふふん、駄菓子の美味しさはこんなもんじゃないぞ〜」「なんで得意げなの」

パインアメを口の中で転がしつつ、残り3ページになった本を読み進めていく。

『ピピピピピピピピピピピ』

あと1ページというところで、休憩終了の合図が鳴り、一ノ瀬さんがバックヤードに入ってくる。

「ふぃー、天音ちゃん、泉ちゃん、お疲れ様〜」「お疲れ様です」「お疲れ様で〜す」

よし、行くか。

私はエプロンを身に纏って、バックヤードを後にした。

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