3 恐怖
1
「全滅ですか……」
「そうさね。当時の領主はそりゃあ慌てたさね。その後に追加で調査隊を送ったんだけどねぇ。ほとんどの実力者達の探索だから、二番煎じのパーティーではせいぜい三十階層が限界だったみたいだね。本当はそこで、中央に泣き付けば良かったんだけど……」
「貴族は体面を気にしますから」
「そうさね。当時は領主が代替わりしたばかりだったからね。しかも、半ば分家による反乱みたいなもんでね。何かしら箔付けが欲しかったんだろうねぇ。筆頭騎士までつけての手ブラだったみたいだね。そこでまぁ、泣き付かれたねさね」
「意外ですね。貴方は私利私欲で動く方には見えませんが」
デニッシュは安易に予想した。領主からの直々の依頼であればそれは名誉であり報酬のわりもいい。だが、この世捨て人が欲するものを時の王さえ持っていないような気がするのだ。
「領主は力はなかったけど、頭のデキが良くてねぇ。私の弟子だったんだよ」
「弟子ですか?」
「当時は、疫病が流行ってね。私もできるだけ手は貸したけど、手は二本しかないからねぇ。いい助手だったよ。良く学び、気が利く素直な子だったよ。薬師としての腕前はなかなかのもんだったね。可愛い弟子に泣き付かれたら断りきれなくてねぇ」
「厄災の病魔、百年近く前の話ですが貴方いったいおいくつですか」
「レディに歳を聞くもんじゃないね。王子様のくせにどういう教育受けてるんだい」
「……ご無礼を」
「まぁ、いいさね。そんなんで、薬をばらまいたもんだから当時は領民に人気があってねえ。そのおかげで、三男坊だか四男だか忘れたけど、周りに祭り上げられちまったのさね。薬師としての腕は良かったんだけど、領地経営にはさっぱりでね。あんたも、国を治める気があるなら気をつけるんだよ」
「忠告痛み入ります」
「で、話が逸れちまったねぇ。ダイアン迷宮の門番、確か三虎ヴェルサーチだったかね」
「んっ! 虎ですか? 」
デニッシュが怪訝な顔をする。
「ああ、あそこは丑寅の神殿が元々あってね。迷宮主は深紅牛コフィンというのさ」
「私達が戦ったのは、門番は漆黒魔牛でした」
「なんだってぇ」
「冒険者組合の禁書にはダイアン迷宮の地図とともに、こう記されていました。開かずの門よりいでし黒き花、漆黒魔牛ブラックロータスと」
木人はデニッシュ以上に怪訝な顔をした。
2
ダイアン迷宮四十階層 門
ブラックロータスは主部屋の扉を見た。
ブラックロータスは思考した。我は何故にこの扉を守っていたのかと自身の存在意義に疑問を持つ。
ブラックロータスは部屋を見渡す。
薄暗い部屋には今まで気にも止めなかったが、この部屋で朽ちていった者達の装備品が墓標の代わりに置き捨てられていた。
ブラックロータスは自身の左手首を見る。先ほどから、意識をして念じてみるが傷のように失われた左手は生えてこない。右目に、角も同様である。
ブラックロータスは先の戦いを頭の中で反芻した。
一人一人の個体としての力は間違いなくブラックロータスには叶わない。
精密かつ正確な遠距離攻撃、盾を使った攻撃のいなし、足場を柔らかくした虚をついた魔術の使い方、そして、角と左手首を切り裂いた惚れ惚れするような剣筋。
すべて、ブラックロータスには持たないものだ。奴らは、種としてのブラックロータスとはまた違う力を持っていた。
ブラックロータスは思考した。
ブラックロータスは強敵との戦いや、死に近い経験をしたことがなかった。
故に思考した。
どうすれば、我は更に強くなれるかと。
ブラックロータスは、先の戦いで痛みと《治癒》を手に入れた。それは、今までにブラックロータスが経験してこなかったことだ。
ブラックロータスはもし《治癒》を先に覚えていたら、その尽きることない体力でどのような攻撃にも耐え、隙など生まなかった。
もしかしたら、失われた欠損部位ももとに戻ったのではないか。
あの射手のように遠距離からの攻撃手段を持っていれば、相手のペースのままに戦闘をする必要もなかった。
あの騎士のように、防御するものを身に付けていれば痛みを負う必要もなかった。
あの剣士のように素手ではなく何か武器を使っていれば、大楯を破壊できたのではないか。
どういう理屈か分からないが、ブラックロータスは《治癒》を覚え、今では傷がつけば体内の魔力と引き換えに勝手に治してくれる。
ブラックロータスは、今までにただ門の前に佇むだけの日々に後悔した。
あのもの達の強さはブラックロータスのように誕生して、与えられたものではない。創意工夫による自身で勝ち取ったものだ。
それに比べて自分はなんだろう。
誰かも分からない何者かに造られて、その奥になにがあるのかさえよく分からない扉を後生大事かにしている。
『グモオォォォ』
こうやってブラックロータスがただ理不尽を叫んである間も、あの者達は強くなっている。
ブラックロータスは薄暗い部屋で目を凝らす。ブラックロータスの視界に強者たちの夢の跡でたる装備品が目には入った。
(強く……なりたい)
ブラックロータスは今でも目に焼き付いている。あの銀髪の剣士が、ブラックロータスの一撃を食らいながらもブラックロータスに向けた視線を……
まるで獣のような深紅の瞳は眼があった瞬間に、寒気を覚えた。ブラックロータスはあの時に全身から汗が吹き出したのだ。
脳裏には何故か、自身が狼に腹を食い破られる光景が浮かんだのだ。ブラックロータスは、確かに剣士を気絶させた。だが、本能が叫んだのだ。
喰われる前に喰らえ
ブラックロータスきっとその時に、銀髪の剣士に恐怖したのだろう。
『グモオォォォ』
ブラックロータスは叫びながら装備品に歩を進めた。
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