2 竜の巣穴
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「まぁ、竜肉ほどじゃないけど魔牛の肉は旨いからねぇ。下層の魔牛肉は魔力触媒としても需要が高いからね。病気になりにくいし、怪我の回復にもいいねぇ。薬膳みたいなもんさね」
「寿命にもでしょうか」
「そうさね。ただね、薬も飲みすぎればそれはただの毒でしかないさね。今の食料事情でとやかくいうつもりはないさね。だけど、よく覚えておいでねぇ。過ぎたるは猶及ばざるが如し。いずれ身を滅ぼすよう。今回みたいにね」
「おっしゃる通りです。装備に助けられました。神はまだ私を見捨ててはいないようですね」
デニッシュが立て掛けてある皮鎧と外套を見る。
「暴炎竜バルドラントの皮鎧に、玉虫色蝶の外套かい。大層な装備だねえ。アートレイの一級装備じゃないかい」
「だとしたら、ご先祖様に助けられました」
「まぁ、その装備が付けられるってことは、なかなかの腕前なのさね」
「宝物庫に眠っていたのを、無理をいって使わせて頂いています」
「だろうねぇ。その装備品一つで戦争になるような代物だよ」
「もう、戦争していますよ」
「ハッハッハ、あんた親父と違ってユーモアがあるねぇ」
「陛下をご存知ですか」
「王様を知らない国民がいるかね。まあ、ここは地図には記されていない場所だから、わたしゃグルドニア王国民ではないけどね」
「でしたら、王族に対する不敬罪は問えませんね」
「ハッハッハ、この萎れた木で良かったらいつでもあげるさね。それにしても、あんたはずいぶんとユーモアのある子だねぇ。気に入ったよ。税金払ってなくて申し訳ないねぇ」
「税金代わりに聞いてもいいですかね。西の魔女殿」
「ただより高いものはないからねぇ。なんでもお聞きよ」
「ダイアン迷宮までの道を封じたのは貴方ですね」
「何故にそうおおもいだい」
一瞬だけ両者の間の大気が揺れた。
「これを見てください」
「若い、若者の手だねえ。いいもんさね」
デニッシュが木人に左手を見せる。
「震えているのですよ。いや、それどころか鳥肌が立っております。木人殿、あなたからは悪意を感じない。我々を助けてくれたのはきっと純粋な善意でしょう。ですけどね、私の身体が囁いているんですよ。全く魔力を感じない貴方を恐れている。隠しているつもりでしょうけど、あなたからはどこまでも深い存在の力、まるで竜種や迷宮主のような格を感じます」
「こんな明日にも死にそうなババアに、大層なだねぇ」
「ええ、情けない話ですが。レディにビビっているんです。そして、貴方だけではない。おそらく、私はこの部屋に誰よりも弱い」
デニッシュがベッドから部屋を見渡す。
「ホウホウ」
「ウォン、ウォン」
梟とホクトがニコニコしながら悪気なく鳴く。
「ここは竜の巣穴より恐ろしい。そして、客でいる以上は大陸で一番安全な場所だ」
「ハッハッハ、あんたやっぱり面白いねぇ。改めて気に入ったよ」
「世界というものは広いのですね。私は今日だけで、私より強い者に四人も出会いました」
「相手の力量がみれて、礼儀があってユーモアもある。あんたきっといい王様になるよ。戦争なんてくだらない遊びをしないでくれる王様にね」
「王子としては耳が痛い限りです」
「ダイアン迷宮ねえ。確かにあそこに《隠蔽》をかけたのは私さね。他にもいくつか魔術はかけてるけど、まぁ秘密さね」
「やはりそうでしたか。ダイアン迷宮は他の迷宮とは違って特異的な迷宮です。素材型の迷宮といえば聞こえはいいですが、肉が食料として取れる代わりに魔石がない。今回の食料事情や、まるで、何かを育成するために作られた迷宮のようだ。しかも、四十階層の門番が階層の割には規格外に強い。あの門番はいったい何を守っているのですか」
デニッシュが木人に問う。そこに先ほどの恐れはなく若者特有の好奇心がある。
「ふう、そうさね。あそこは、迷宮自体がいわば罠でもあり門でもあるのさね」
「罠、門? 」
「冒険者ギルドの記録は見たかい」
「禁書扱いでした。王族の権限で地図は目にしましたが」
「昔、あんたよりはちょいと弱いけど、銀級上級冒険者と獣人など種族問わずに二十人で大規模な探索があったのさ。当時の領主様としても、中規模迷宮なのに未踏破ってのは他領や中央、伯爵としても外聞が悪かったんだろうねぇ。知ってるかい? 未踏破の迷宮は初回だけだけど、踏破した者の願いを叶えるといわれていてね」
「聞いたことはありますが迷信では」
「冒険者っては、夢を見てなんぼだろうさね。まあ、だいだいが強力な迷宮品がほぼだけどね。だけど、実際にここじゃない別の迷宮で自分の願いを叶えて時の王になった奴もいるから、あながち嘘でもないかもね」
「それで、皆は」
「全滅さね。装備品もなにも帰って来なかったよ。おめでとうねえ。王子様。ダイアン迷宮四十階層を未踏破とはいえ、生きて帰って来られたのはあんたらが初めてさね」
「ホウホウ」
「ウォン、ウォン」
巣穴の住人達がデニッシュを歓迎してくれた。デニッシュは生きた心地がしなかった。
気分転換のつもりが、自分でまた広げ始めてる。