1 木人
デニッシュパートです。
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「ホウホウ」
デニッシュは人を小馬鹿にしたような梟の鳴き声で目を覚ます。
目覚めたのは、何処かの木ので出来ている部屋の天井に周りには薬草を乾燥させたものがところかしこに吊るされている。
独特な匂いが漂うが不快ではない。
「私は、確か魔牛と闘っていたはずだが、つっう」
デニッシュが右肩の痛みを感じる。
「そうだ。確か、魔牛にやられて」
「ウォン、ウォン」
「おわ! なんだ、この犬は」
デニッシュは犬の鳴き声に驚く。
「おやおや、やっとお目覚めかいねぇ」
老婆が部屋の扉を開けながらデニッシュに話しかける。
「あなた……は」
「私は木人、森に住む世捨て人のようなものさね。そして、この家の家主さね」
木人が水差しから杯に水を入れデニッシュに渡す。
デニッシュは水を受け取り「ありがとう」といい一気に口に水を含んだ。
乾いた身体にに水が染み渡りデニッシュは少しだけ落ち着きを取り戻す。
「まだ、右肩が痛むだろうねぇ。骨折に加えて脱臼だからねぇ。肩を数週間しばらく固定して、後ろに動かさないように徐々に治してかないと使い物にならなくなるよ。上級の回復薬や《回復》で傷や骨折は治るけど、脱臼や靭帯断裂はクセになるからねぇ。冒険者としての寿命を伸ばしたいならゆっくり治すことをオススメするねぇ」
「私は負けたのですね」
「生きてるうちは負けにはならないんじゃないかい。安心おし、お前さんの仲間は宿賃代わりにこき使わせて貰ってるよ」
木人が悪い顔で笑う。
「皆、怪我はありませんでしたか?」
「あのハンサムな坊やに、木偶の坊は無理したみたいだね。《異空間》を使うお嬢ちゃんも魔力を使いすぎたみたいでヘロヘロだったね。うちのホクトに感謝しな。この子が森でお前さん達を見つけてくれたんだからね」
「ウォン、ウォン」
ホクトが褒めて、褒めてと尻尾を振る。
「ところで、どうだったいダイアン迷宮は」
「門番が特殊でした。軽く見積もっても八十階層や大迷宮主と同等の力を感じました」
「あそこは元は肉屋なんていわれていてね。魔石はでないけど、魔牛の素材や肉、希に装備品が出るから踏破を目的としなけりゃ、それなりにおいしい狩場なんさね」
「グルドニア王国では魔獣の肉を食べることはあまり好まれませんが」
「それは非公式にはだねえ。そこら辺は神殿がうるさそうさね。あんたのご先祖様なんて、そりゃぁ旨そうに食ってたけどね魔牛」
「なっ! 」
「ああ、ご無礼したかいね。第二王子デニッシュ様や、そんな白銀の髪は王家以外いないさね。どの色と飾り合わせても輝きを放つ白銀の髪はね」
デニッシュは反射的に髪を隠した。先のご先祖様を馬鹿にされたことは忘れたようだ。
「だいだい、ありゃぁお嬢ちゃんの《異空間》に相当数の魔牛入ってるだろうねぇ。ここは獣人連合国との境だからね。ズーイ地方は、この戦時下でうまく冬を越せそうになかったかね」
「木人殿は良き耳をお持ちのようですね」
「歳を取るとね。日常会話が聞き取りづらくなる分、噂話がよっくど聴こえてくるもんなのさね」
2
実際に木人がいったことは事実である。
現在、グルドニア王国は獣人連合国と戦時下にある。それは、もうすでに十年以上であるがここ近年の間に小競り合いが激化してきたせいで、西の領地を束ねるズーイ伯爵は獣人連合国と隣接しているため領内は厳しい状況下にある。
更にいえば、ズーイ地方は盆地であり夏は暑く、冬は雪が降る豪雪地帯である。だが、それゆえに作物の出来は評判が良い。
一部の専門家がいうには日中の寒暖差が作物に恵みをもたらしているとのことである。
ズーイ地方は、いうなればグルドニア王国の食の台所でもある。
だが、今年は天候に恵まれなかった。百年に一度いわれる日照りが続き、疫病が流行り多くの領民が命を落とした。食を統括するエメラルド侯爵は、王都の備蓄はなんとかかき集めることが出来た。だが、皮肉にも例年、備蓄に困らなかったズーイ伯爵領が現在は一番貧窮している。
これには、中央も頭を悩ませた。ズーイ伯爵領は戦争の最前線であり、補給が途絶えることは、獣人達により蹂躙を意味する。しかし、食料はない。
その時に神殿で神託が下りたのだ。
『西の失われし迷宮、ダイアン迷宮にて良き兆しあり』
王宮は急いで調査隊を先行させた。
冒険者組合で百年ほど前に禁書となったダイアン迷宮までの地図を手にいれた。
しかし、ダイアン迷宮には迷わせの呪いがかかっておりたどり着くこと叶わなかったのだ。
そんな時に白羽の矢が立ったのが、神託を受けし聖女ジュエル・ダイヤモンドが所属し、銀の稲妻と詠われた王子であり剣王デニッシュ・グルドニア、薬神ハンチング・ベルリン、甲羅のジョルジのパーティー『銀狼』であった。
更にいえば、軍部や文官からは戦争に王族や六大貴族を参戦させて兵の士気を押す声もあった。ならば、王族であるデニッシュや、六大貴族筆頭のダイヤモンド侯爵家のジュエルが、この食料問題を解決出来れば、補給支援という名目で戦争に貢献したことになる。
実際に『銀狼』は他の迷宮でドロップした迷宮品の装備や魔導具、下級回復薬などの各消耗品を献上という名のもとに提供している。
だが、実績としてはもう一押し欲しかった。
幸いにも『銀狼』はダイアン迷宮にたどり着いた。さらには、ダイアン迷宮は素材型の迷宮のため、魔牛の肉を丸々回収出来たのだ。魔牛は一体でも約二百~三百キロである。そんな食料が迷宮には限りなくいるのだ。
また、『銀狼』はジュエルという《異空間》持ちがいて十メートル四方の空間を三つ持ち、内二つを回収に使用した。
『銀狼』は既に二桁から三桁近くダイアン迷宮探索を行った。《異空間》の中は常に魔牛の素材で埋め尽くしては、再び探索に出る日々を送っていたのだ。
公には公表されなかったが、ズーイ伯爵領に出回っている肉の八割は魔牛のものだった。
デニッシュ達『銀狼』は今や、戦時下における西の砦であるズーイ伯爵領のアキレス腱であった。
更にいえば、この魔牛の肉は階層が下がるにつれて、別次元の旨さになるという点である。
初めは浅い階層ばかり潜っていたデニッシュ達が、より下層を目指したのは自然のことであった。
そのうちまた更新予定です。