14 肉を焼け
1
ドオオオオン
コウザの双掌打がブラックロータスの鳩尾に入った。
(なんだ、この手ごたえは)
コウザは困惑した。コウザの双掌打は確かに決まった。しかし、まるで千年の大樹に攻撃をしているような手応えだったのだ。
『グモウ? 』
当のブラックロータスもダメージを負っている様子はない。
「ハハハハハハ、化け物め」
コウザの目の前にブラックロータスの剛腕が迫った。
コウザは意識を手放した。
2
「ヒィィィイィ!」
「お頭がやられた!」
「化けもんだ! 」
「逃げろー! 」
傭兵団はコウザを助けようとはせずに皆、逃げた。
(ピリピリしたな)
ブラックロータスはコウザの攻撃と呼べるものに驚いていた。
ダメージはなかったが、一秒ほどブラックロータス体の自由を奪われたのだ。反射的にコウザのショートソードを掴んだまま柄の部分で攻撃した。虫を追い払うのではなく、攻撃をした。ブラックロータスは最後にコウザを敵と認識したのだ。
実際にコウザの双掌打は、正しく決まっていればブラックロータスに呼吸困難と麻痺を起こしていただろう。ただ、ブラックロータスは三メートルの巨漢である。双掌打は対人戦の切り札であるが、ブラックロータスの鳩尾に入れるには攻撃の角度を上方に向けななればならなかった。また、騎士団時代と違い、コウザの体力は落ちていた。《感電》により強化した《雷歩》で誤魔化していたが、最後の踏み込みでは膝は嗤っていた。純粋な威力を発揮でいなかったのだ。
「……」
コウザはブラックロータスの一撃で吹き飛ばされ全身打撲により重症である。
ブラックロータスは礼儀として止めを刺そうとした。
『グムウ』
ブラックロータスは火起こしの練習も兼ねて右手で《炎柱》を発現しようと魔力を込めた。
すると、コウザの傷が治っていった。
『グムウ? 』
(なぜ? 傷が治る? )
(もしかして)
ブラックロータスは左指に魔力を込めた。
ボウ
ブラックロータスの指先に火が発現した。これは、魔術でいえば火起こしに使う《発火》である。
(右手では傷が治り、左手で火が出るのか!)
ブラックロータスは上機嫌だった。何度も、左手で《発火》を試した。正直、目の前のコウザことはもうどうでも良かった。
キラリ
ブラックロータスの足元にコウザのショートソードが光る。
薄皮一枚とはいえ、ブラックロータスの皮膚を切裂いた業物である。
(貰っておくか、肉を斬るのにいいかもしれんな)
ブラックロータスはコウザの事は忘れてショートソードを『ヴェルサーチの皮』に収納した。
グウウウウウウウ
ブラックロータスの腹が鳴った。
(腹が減った)
(兎を探さねば)
ブラックロータスは村の奥に進んだ。
西の森森林破壊、コウザ傭兵団壊滅、ブラックロータスが地上に出て僅か五日の出来事であった。
3 村の奥 アルル達が捕まっている小屋
トントン
アルルの触る感触がある。
「うーん」
脱水により昏睡状態のアルルは瞼を開けることが出来ない。
ピシャ
アルルに何か液体がかけられる。
(冷たい)
アルルは水をかけられたと思ったが、不思議なことに急に疲労感が抜けて力が漲ってきた。
「あっ! なんだこれ? さっきまで死にそうだったのに、身体に急に力が漲って……え!」
『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 』
アルルの目の前には大きな漆黒魔牛ブラックロータスがいた。
「ああああああ! うるさい! ってジャージィか! えっ! もしかして、助けに来てくれたのか? 傭兵団の奴らは、あっ! その瓶はもしかして回復薬?」
アルルは耳を塞ぎながらいった。
ブラックロータスの手には空の瓶があった。
ブラックロータスはいくら起こしても起きないアルルに困り果てて、『ヴェルサーチの皮』に何かいいものはないかと念じた。頭の中に『中級回復薬』が浮かび、取り出してアルルにかけたのである。
回復薬は非常に高価なもので一部の薬師しか作ることが出来ない貴重品である。
「あ、あああ、オイラ、助かったんだな……ジャージィ、ありがとうなぁ」
『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 』
アルルの瞳から涙が溢れそうな刹那に、ブラックロータスは狂気の叫びをあげて『ヴェルサーチの皮』から魔牛の肉を取り出した。
「えっ、何、うん? 肉を焼けって? こと? 」
『グモウゥ! 』
ブラックロータスの瞳は真剣である。
二人の意思疎通はバッチリである。
アルルは感謝の気持ちも吹き飛び、呆れた視線をブラックロータスに向けていた。
第三部『血肉祭』 完
余裕があったらエピローグ書きます。




