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13 奥の手

1


「はあ、はあ、はあ、はあ、この糞牛がぁ」


 コウザの息は上がっていた。コウザの剣技は美しく芸術的であった。今までの人生でも最高の剣が振るえたであろう。だが、それも長くは続かなかった。


 時間にして一分間程度である。


 《雷歩》で加速したコウザにとっては体感で五分の全力攻撃だった。その間に隙をうかがっていたが、ブラックロータスにはまるで隙がなかった。


 急所の心臓や、首を攻撃しようとしたがその度にコウザの脳が警鐘を鳴らし、冷や汗が出た。おそらく、コウザの攻撃では一撃でブラックロータスの太い首を跳ばすことはできないだろう。その隙に、カウンターを喰らうことは目に見えていた。単純な火力不足である。通常であればこれだけ、傷をつければ出血多量による勝ちも見えたが、《治癒》で傷が即座に治ってしまうブラックロータスには意味をなさない。


『グムウ?』


 ブラックロータスは汗一つかいていない。ただ、手を振り回して鬱陶しい虫を追い払おうとしていただけであり、傷一つでも蚊に刺されたよりも小事である。結果だけみれば全くの無傷である。


「はあ、はあ、ハハハハハ、涼しい顔しやがって本当に『霊僧タンテール』の生まれ変わりかよ、はあ、はあ」


 ちなみにコウザのいう『霊僧タンテール』とは遥か昔に獣人が滅びの危機に瀕したときに現れた牛獣人である。回復系統の魔法を自在に操り、素手で岩をも砕く膂力の持ち主で、多くの獣人を救った聖女のような存在である。また、タンテールは世界を回り種族を問わずに紛争解決に尽力したとも言われた聖人君主であったが、怒りを買えば『鬼子母神』の如く暴れる猛牛となった。各国にタンテールの絵本があるほど有名な偉人である。


「しょうがねえな! 奥の手を使うぜ! 」


 コウザが《雷歩》で距離を詰める。


 ブウウウウウン


 風を切るブラックロータスの剛腕が、コウザに向けて振るわれる。


(今だ! )


 コウザは間合いギリギリで踏みとどまりバックステップした。


 ブラックロータス剛腕は空を切り、重心は前方に移動したままである。


「ほーら! 冥途の土産だ! 」


 コウザは双剣をブラックロータス頭部に目掛けて投擲した。


 これはコウザの奥の手である。双剣を一本に見せるように二本目のショートソードを、一本目に隠すように投擲する。


 寸分違わず直線に投げられたショートソードは一本に見える。


 投擲で獲物を仕留めれば言うことないが、一本を払い安心したところに二本目のショートソードの投擲には、大半の猛者でも反応が遅れる。ましてや、ブラックロータスは今、重心が前方に来ており防御の姿勢を取れていない。理論上はベッドショットが炸裂するのだ。


 だが、コウザの本命は二本目のショートソードではない。コウザはショートソードの他にも徒手空拳に優れていた。あくまで奥の手であり、傭兵団でもコウザが素手で戦えることを知るものはいない。


 二本目のショートソードに気を取られている間に、コウザは《雷歩》で獲物の懐まで肉薄し、助走の間に溜めを作った両手の双掌打を鳩尾に放つ。さらには、掌には《感電》を纏わせるオマケつきである。これを、喰らえば最後、物理的な痛みと《感電》により獲物は沈黙する。これは、鳩尾に衝撃がいくことで、人体の横隔膜が《感電》の刺激と相まって機能を一時的に麻痺する。そのために、獲物は強制的に呼吸困難になり身動きが取れなくなるのだ。後は、どのように料理しようがコウザの自由である。これが、コウザの必勝パターンであり、獣王ガルルですら片膝をつかせた奥の手である。ちなみに、獣王ガルルには油断したコウザが敗北した。


 今のコウザには油断はない。これは、決闘ではなく死闘のだ。弱肉強食で生きるか死ぬかである。疲労は脳に適度な血の循環を促す。思考が加速する。


 コウザには自身が投擲したショートソードが酷くゆっくり見えた。




2


(飽きた)


(腹減った)


 ブラックロータスは自分に向かってくるコウザに感心していた。


 気にならないとはいえ、傷を負わせる存在である。


 虫かと思っていたが、タイプは違えどコウザは少なくともダイアン迷宮の魔牛よりは楽しめた。


 戦闘速度でいえばブラックロータスよりは速いが、ヴェルサーチよりは遅かった。コウザの動きは速かったが、攻撃は単調であった。また、開けた場所であったことと、遮蔽物がないためにヴェルサーチのような前後左右縦横無尽な動きがなかったこともブラックロータスの眼を慣れさせた。


「ほーら! 冥途の土産だ! 」


 だからであろう。ブラックロータスの眼にはコウザの動きが見えていた。


 二本のショートソードがブラックロータスの頭部目掛けて襲う。


『グモウ』


 ブラックロータスは常人では計り知れない技量でショートソードの投擲の柄を掴んだ。


「はあ?! 」


 《雷歩》で間合いを詰めようとしていたコウザは驚愕した。


 ショートソードの投擲だけでも十分な奇襲である。ギリギリ避けたものはいたが、掴んだものはいない。それも、刃の部分でなはく柄を正確に掴んだのだ。


「どんな反射神経してやがるんだ! だが、両手が塞がったな! 」


 コウザが双打の溜めを作りながらブラックロータスの懐に飛び込んだ。


 バチバチ


 掌には《感電》が纏われている。


『グモウゥ? 』


 ブラックロータスはコウザを見たが何をするか気になっていた。「次は何をするんだ」と期待しているようである。


「その余裕が命取りだ! 」


 ドオオオオオオオオオオオオオオン


 ブラックロータスの鳩尾にコウザの双掌打が叩き込まれた。


 村中に銅鑼が鳴り響いた。

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