12 余興
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チャキッ
コウザが二本のショートソードを抜くと同時にブラックロータスとの距離を瞬時に詰めた。
『グモゥ? 』
ブラックロータスは風を感じた。
気が付くとブラックロータスの膝には浅いが二つの切り傷があった。
「マジかよ! 右膝切り落としたと思ったんだがな」
コウザがブラックロータスの背後で呟いた。
「「オオオオオ! 流石、頭だぜ」」
「やっちゃって下さい! コウザの頭! 」
「元騎士団は伊達じゃないぜ!」
先ほどまでお通夜状態だった傭兵団に活気がでてきた。
『グモゥ? 』
ブラックロータスが声の方を振り向くがコウザはいない。
「まだ、楽しめるってことかぁあああああ! 」
コウザがの双剣がブラックロータスの右肘を斬り付けた。
『グムウ』
ブラックロータスはコウザの攻撃に痛みはないが、コウザを視認できないことに驚いた。
コウザのショートソードは直剣ではなく、曲線の反りが入っている。ショートソードは間合いがロングソードに比べて短いが、取り回しが良く防御に優れた武器である。コウザはこの双剣を自分の手足のように扱う。
ショートソードは攻撃力の低いが汎用性の高い武器と思われがちだが、コウザのショートソードは違う。南のジャンクランドでしか採掘できない『グレン鉱石』の合金でできた刀身は薄いが軽いが非常に強度が高い。
ほとんど重さを感じないショートソードによる攻撃はまさに疾風である。コウザのショートソードは切り結ぶことを前提として造られていない、コウザの高速戦闘を最大限に生かせる攻撃専用の武器である。
さらにコウザは雷系統魔術《感電》の使い手である。だが、コウザは体外魔術が不得手であった。この世界の生物は魔力を持っているが、魔術を発現できるのはおよそ三割~二割である。適性の問題か、努力か、コウザのように魔力を感じ取ることはできるが、発現まで至らないのが大半であった。
コウザは騎士団時代に、体外魔術として発現出来ない《感電》を微量ながら自身に纏わせることで、筋肉を刺激して身体能力を瞬間的に向上させる術を身に着けた。
コウザはこれを《雷歩》と呼んだ。
常時《雷歩》を発現することはコウザでも難しいが、瞬間的な加速ではグルドニア王国騎士団でもコウザの《雷歩》の素早さに並ぶものはいなかった。
相性の問題もあるが、対人戦においてコウザはほぼほぼ無敵だったのだ。
「あん? 傷が治ってる? 」
コウザの攻撃は小手調べ程度であったが、浅かった。薄皮一枚程度裂いていない。この程度の傷はブラックロータスの《治癒》で自動的に治ってしまう。
「回復する牛だと? おいおい?お伽話の『霊僧タンテール』みたいな野郎だな。だったら、回復できなくなるまで切り刻んでやろうか」
コウザが嬉しそうにブラックロータスを見る。正直、コウザにとって戦闘は作業のようなものだった。《雷歩》で相手が気付かないうちに狩る。そこに戦闘はない。ただのルーチンワークだ。意図せずにコウザは戦場では『暗殺騎士』『首狩り』などと言われていた。
コウザは《雷歩》でブラックロータスの周りを駆けた。巨体のブラックロータスの急所を裂くには、跳躍する必要がある。その間、すれ違いざまにブラックロータスの脇腹や、足の腱、手首等を裂き、注意を分散させる。
『グムウウウウウウウ』
ブウウウウウウン
ブラックロータスが左右の腕を振る。風切り音が加速中のコウザ髪を掠る。
「ひゅう! ハハハハハハ! 当たれば死ぬな! はっはぁ! 」
ブラックロータスは切られたことを気にはしていない。素手で、蚊を追い払うかのようにコウザを鬱陶しいと風を起こす。
ブラックロータスは既に二十ヶ所以上を斬られている。いずれも、深手にはならずにブラックロータスからすれば傷として認識すらしていない。
ピュウ、ピュウ
ブラックロータスの漆黒の皮膚から血飛沫が舞っては、《治癒》で回復していく。
双剣が鈍く光る。
「ハハハハハハ! いいぞ! これだけ、俺の攻撃に耐えたのは獣王以来だ! 」
コウザは高揚していたが、頭驚くほどには冴えていた。一撃必殺の剣であるコウザの攻撃が効いていないことも忘れるほどにだった。コウザは、自分の技量に絶対の自信を持っていた。しかし、自分の技を試させてくれる強者との出会いがなかったのだ。
コウザは既に三十歳を超えており、肉体のピークは過ぎているだろう。しかし、今のコウザは己の限界のさらに先を歩いていた。
「すげえ」
「頭のこと全く、見えない」
「き……綺麗だ」
傭兵団の男たちが感嘆の声を出す。
その様は戦闘であるが、まるで画家が赤い筆を使って絵画を描いているようであった。
『グムウ』
だが、コウザとは反対にブラックロータスはこう思っていた。
(腹が減った)




