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9 消し炭

1


『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 ブラックロータスは苛立っていた。


 その雄叫びは過去最高のものであった。


 三日経ってもアルルは来なかった。ブラックロータスは、仕方がなく魔牛の血抜きを一人で行った。空腹を紛らわすには何か作業をしているのが一番だったからだ。


 一日は我慢できた。だが、二日目は仕方がなく血抜きした生肉を食べた。


 一番初めの処理していない肉に比べれば、血の味もしないでマシだったが、もはやブラックロータスの舌を満足させることができない。


 二日目にブラックロータスは肉を焼こうとした。


 だが、ブラックロータスには火をつけることが出来なかった。アルルはいつも、火打石を持っていてそれで、火をつけていた。


 ブラックロータスにはそれが魔術に見えた。


『グムウウウウウウ』


 ブラックロータスには火をつける手段がなかった。


 乾いた枝に火の粉を付ければ燃え上がることは分かっていた。


 ブラックロータスは苦悩した。


 ブラックロータス試しに手を木の枝に向けてみた。


『グモ! 』


(出ろ! )


 ブラックロータスは「火よ出ろ」と念じてみた。よくよく考えれば子兎のアルルに出来て自分に出来ないことはないと悟ったのだ。


 実際にアルルは魔術ではなく、火打石を使っているので原理は全く違うのだが……


 だが、ブラックロータスは諦めなかった。


 もう、生肉は食べたくないのだ。


 ブラックロータスは様々なことを試した。


 木の枝を握って念じた。枝を振り回して念じた。口にも咥えて念じた。


 全く効果はなかった。


 自身でもこれでは成果がないことが本能的に分かっていた。


 漆黒魔牛は考えた。以前のブラックロータスであれば、知恵を働かせることなど小賢しいと思考したであろう。


 だが、曲がりなりにもブラックロータスが今まで生きてこられたのは知恵を絞り、渇望し、奇跡という綱渡りの上で新たな能力を手に入れたことによるものだ。


 ブラックロータスは胡坐をかいた。


 ブラックロータスは左手の漆黒篭手で右手を傷つけてみる。《治癒》が発動した。傷が自動的に癒えていく。


 ブラックロータスはこれが魔術によるものだとは分かっていた。


 しかし、今や《治癒》はブラックロータスの生存本能に起因しているため、自身で制御しているわけではない。


 ブラックロータスは何度か自分で傷をつけた。《治癒》による再生は改めて見事なものだった。淀みなく、まるで傷が息をするように元に戻っていく。ブラックロータスはこの現象になにかヒントがないかと思考した。


 ブラックロータスは何度も傷をつけた。その刹那に微量だが、傷口に魔力が集中していく感覚があった。少しだけ、温かい、温度が上がる感覚である。


 ブラックロータスはその感覚を頼りに手のひらに温かな感覚を集めた。


(出ろ! )


 火は出なかった。




2


『グムウ! 』


 ブラックロータスは諦めなかった。


 ブラックロータスはもはや生肉を食べものと認識していない。


 ブラックロータス集中するが一向に火は出てこない。


 掌に温かい感触はあるだが、火は出ない。


 実はブラックロータスは気付いていなかったがこの時、ブラックロータスは《治癒》を発現していたのだ。自分の傷に対しては自動で発現する《治癒》であったが任意で《治癒》が発現できたのだ。これは、ブラックロータスが他者に《治癒》を発現することが出来るようになったということだ。


 回復系統の魔術は、非常に珍しく、神殿では『癒すもの』として破格の待遇を受ける。


 心清きものしか回復系統の魔術を発現することが出来ないという神殿の教えに当て嵌めれば、ブラックロータスは心清きものである。


 実際に、ブラックロータスは純粋な闘争と食欲は、心から渇望する清き願いなために間違いではない。


『グムウ! 』


 ブラックロータスは《治癒》で枝に火をつけようと一生懸命である。


 チリチリチリチリ


 ブラックロータスは右手で魔力を集中し火を出そうとしながら、左手の漆黒篭手では指をこすりながらイライラしていた。


 親指と人差し指、中指の側面と腹をこすり合わせるさまは無意識であるが、まるで貧乏ゆすりのようであった。


 ブラックロータスはいくら頑張っても火はつかなかった。


 チリチリチリチリチリチリチリチリ


 漆黒篭手の指遊びが加速する。イライラが憤怒となる。


『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 』


 右手からは火が出ない。当たり前だ、《治癒》で枝は燃えない。


 ボワアアアアアアアアア


 左手の漆黒篭手から炎の柱が発現した。


『グモウ? 』


 ブラックロータスは驚いた。


 実はブラックロータスの指遊びは無意識に指と指で魔力圧縮をしていたのだ。ブラックロータスはただイライラしていただけであったが……


《炎柱》上級広域殲滅魔術である。通常であれば、魔術師でもないブラックロータスが発現出来る魔術ではない。


 火系統の魔術であれば、一般的な《着火》、初級《火球》、中級《火柱》、そこから派生していくつかの上級魔術が存在する。


 ブラックロータスが出したかったのは《炎柱》ではなく、基本の《着火》だったのだ。


 結果的に、ブラックロータスは火を起こすことができたが、肉は炭となった。


 ブラックロータスは絶望した。


 ブラックロータスは炭を口に入れた。


『グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 』


 当たり前だが美味いわけがなかった。


 口腔内に火傷と苦みを通り越して劇薬、毒よりも過酷な体験をした。


 ブックロータスは気絶した。


 目覚めたブラックロータスは悟りを開いた。


 自分で料理はしないで、アルルを探しに行こうと……


 ブラックロータスは、アルルのいる村を目指した。

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