6 子兎獣人アルル
1
ダイアン迷宮から南西に五十キロの川辺
パチパチパチ
焚火の乾いた音がする。
ブラックロータスは目を覚ました。
「お! 起きたかい? 大丈夫かい。牛のオッチャン」
子兎獣人がブラックロータスの顔を覗き込むように声をかける。
『グモッ! 』
意識を取り戻したブラックロータスは瞬時に戦闘態勢を取り、子兎獣人を警戒する。
「ああ、まだ、寝てなって! いっぱい水飲んで大変だったんだよ。あちこちも、傷がいっぱいだったんだよ。って、あれ? 傷が治ってる? うわっ! 」
子兎獣人が不思議そうにいった瞬間に、ブラックロータスが子兎獣人の首を掴んで持ち上げた。
『グモウゥゥ? 』
ブラックロータスはまず、目が見ていたことに気づき子兎獣人をまじまじと見た。
ブラックロータスは困惑していた。この小さき弱そうな生き物が戦っていた相手かと?ブラックロータスは子兎獣人の匂いを嗅ぐ。子兎獣人からは血の匂いはしないが、鉄の匂いがした。ブラックロータスの視線が子兎獣人の左下肢にある鉄の義足に目がいった。
(あの足は武器か? )
(こいつからは、殺気がない)
「おい! 離せよ! 俺は美味くないぞ! 命の恩人になんだよ! 」
子兎獣人はブラックロータスの迫力になんとか声を出した。
『! 』
ブラックロータスの鼻に焚火から魚の焼ける臭いがした。
(なんだ、この臭いは?)
(いやに、腹が空く)
ブラックロータスは自身の口から涎が出ていることに気付かなかった。
「うわっ! 汚ったねぇ、涎ダラダラじゃねえかよ。分かったよ。その魚わけてやるから、元々オッチャンにも食わせてやる魚だしな」
ブラックロータスは子兎獣人の言語を理解していなかったが、空腹を優先して子兎獣人を降ろした。
2
バリバリ
『!!』
ブラックロータスが木の枝に刺さった焚火で良く焼けた川魚を一口で食す。
(美味い! なんだ、この、濃い味と香ばしさは)
ブラックロータスは驚愕した。いや、人生観というか生存欲求、闘争本能が脳のほとんどを占めていたがそこに食欲なる欲が加わった。
ブラックロータスは迷宮の理から外れたことによって、継続して活動するには睡眠と食が必要となった。ブラックロータスは迷宮狩った『ヴェルサーチの皮』に収納してある魔牛を生のまま食していた。それは、食事ではなかった。生存本能によるモノを腹にいれるといった作業であったのだ。味など感じてすらいなかった。
「なんだよ。そんなに、腹減ってたのか? ただの塩振って焼いただけの魚なんだけどな。いい食いっぷりだな。見ていて気持ちいいよ」
子兎獣人も一匹食べるうちにブラックロータスは既に五匹を食していた。
『グモッ!? 』
魚が無くなった。
「いや、そりゃあ、食べたらなくなるだろう」
ブラックロータスはとても悲しい目をした。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は、兎獣人のアルルってんだ」
(食い物が無くなった)
「この近くの村に住んでるんだけど、たまたま狩りに来たらオッチャンが川辺で倒れてたんだ」
(なぜ、この焼いた食い物は我をここまで魅了する? )
「こう見えて弓と釣りは得意なんだ。まあ、今日は鳥が取れなくてさあ」
(これが、魔術というやつか)
「その代わりに、魚が釣れて助かったよ」
(だとすると、こいつは魔術師か? )
ブラックロータスは迷宮の門番というだけあって創造主より、戦闘に関するある程度の知識をもって造られている。だが、外の世界のことや、先の太陽、日常のものに対しては何も分からないのだ。
「で、オッチャンはなんて名前なの? てか、溺れてたけどどっから来たの? 様子を見るに随分、流されたみたいだけど」
(こいつも、食えるのか? 美味いのか? )
ブラックロータスが子兎獣人アルルを品定めする。
「オッチャン? おーい? 」
(まずそうだ)
『グモウゥ、ジャ……ジィー、クシュン! 』
ブラックロータスは風向きが変わって吸い込んだ焚火の煙で咽た。ブラックロータスは煙で目が染みた。
(目と鼻がやられた。この魔術師に先手を打たれたか? )
ブラックロータスが殺気を出した瞬間に、目と口の自由が奪われた。
「ああ、ジャージィーっていうのか。いい名前じゃないか」
アルルがブラックロータスに微笑む。
(こいつ、笑いやがった。強者か? )
ブラックロータスは盛大に勘違いをした。煙で咽た隙に攻撃できるチャンスはいくらでもあった。だが、目の前の子兎はただ笑っている。
(余裕か)
ちなみにブラックロータスはアルルの言語理解できてはいない。
「で、どっからきたんだ? 」
『グモウゥ』
(戦いたいのか?)
「あああ、もしかして、ジャージィは言葉を失くした戦士か? 村にもそういう奴は何人かいたからな。可哀そうによっぽどツライ目にあったんだな。大丈夫だ。ここには、怖いものはないよ」
アルルが手を伸ばした。
『グモウゥ? 』
(降伏か? 相手の力を見極めることはできるようだな)
ブラックロータスがアルルの手を握った。
「うっわあー! デッカイ手だな」
この少し剽軽な子兎獣人アルルとの出会いが闘争よる破壊しか生まないブラックロータスの運命を大きく変えるのは、もう少し先の話である。




