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4 常在戦場

1


「準備はいいかい?」


「いつでもどうぞ」


 互いに準備は整ったようだ。


「よく考えたら、王子様相手に怪我させたからって、反逆罪なんかにならないだろうねぇ」


「そのご心配はなく。魔女殿は私に掠りすらしませんから」


 デニッシュが自信満々にいった。


「ふぇ、ふぇ、ふぇ、そうかい、そうかい、頼もしいねえ。審判さんにお嬢ちゃん、聞いたかいねぇ」


 木人が審判を務めるジョルジと、弟子のジュエルを見た。


 二人とも言質は取りましたと頷いた。


「では……」


 デニッシュが右腕は固定したまま左手で剣を構える。


「ああ、よく考えたら利き手じゃないしねぇ。そうだ、こうしよう」


 木人が落ちていた木の枝で自分の足元に半径五十センチ程度の円を描いた。


「ハンデってわけじゃないけどねぇ。わたしゃ、この円からは出ないからねえ」


「少し馬鹿にしすぎでは」


「なんなら目隠しもするかい? フォフォフォ」


 木人が目を手で覆い不敵に笑う。


「ジョルジ、早く、始まりの合図を! 」


 ジュエルがそろそろ見てられないと審判であるジョルジを急かした。


「始め!」


 ジョルジの声と共にデニッシュが全力で駆けだした。


 木人に向かって最短距離で迫ってくる。


 デニッシュはそのまま自分の間合いまで詰めて左手でやや下段から剣を振るう。


「動きが予想どおり過ぎて、つまらないね」


 ぼそりと木人が呟いた。


 木人は円から一歩緩やかに踏み出して右手の杖でデニッシュの右肩関節に突きを放った。いや、突きというよりは杖を押しただけの動作だった。


「がはぁ! 」


 結果的にカウンターとなった突きはデニッシュの右肩の激痛とともにデニッシュの体勢を崩した。


 木人はその流れでデニッシュの左手首を掴み地面に向かって軽く投げた。


 ダアン


「がはっつ! ぐううううう! 」


 受け身を取ろうとしたデニッシュであったが右肩が固定されており背中で衝撃を受ける。


 デニッシュは軽い呼吸困難になった。


「「「……」」」


 ジュエルにハンチング、審判のジョルジですら開いた口が塞がらない。


「ウォン、ウォン」


ホクトが鳴く。


「……そ……それまで、しょ、勝者、魔女殿! 」


 審判であるジョルジの声とともに「フォフォフォ」と魔女が高笑いした。




2


「大丈夫ですか! 殿下! 右肩の脱臼が! おばば様も、どこの世界に患者の症状を悪化させる医術士がいるんですか!」


 ジュエルが抗議した。


「ここにいるよ。だいたい、わたしゃ、王国の許可もとっていないモグリだからね。聞き分けのない王子様にはいい薬さね」


 木人の元にフクロウが上機嫌で飛んできて肩に止まった。


「……」


 デニッシュが地面に座り木人を見上げる。


「おや、おや、王子様、納得していない顔だねぇ」


「いえ、負けは負けです。よろしければもう一本お願いしたい」


 デニッシュが子供のように勝負をねだる。


「いや、いや、勘弁しておくれよ。流石に、老体にはちとキツイよ。それに、ちょっとズルしたしね。まあ、意地悪いババアとでも思っておくれよ。それに、接近戦で普通にやったら魔術師が剣士に勝てるわけないよ」


「私の何がいけなかったのでしょうか」


 デニッシュが恥を忍んで木人に聞いた。


「おや、随分と素直だねぇ。そうさねぇ。まず、あんたは戦いの前はすごく集中していたよ。それは、評価できるねぇ。ただ、いつまでもペチャクチャ、喋ってばかりの私に業を煮やしていたね。要は、集中を乱されたんだよ。随分とカッカしていたね。そのままでも、良かったんだけど、ハンデをくれてやったことで余計に心が乱れたね。円からでないなんて制限をつけたもんだから、あんたはそれを信じた。それによって、あんたの動きは手に取るように分かったよ。わたしゃ、自分の動きを制限したんじゃない、あんたの動きが無意識のうちに枷のように制限されていたんだよ」


「私の動きを誘導されたってことですか」


「ほうほう、理解が速くていいじゃないかい。それと相手を良く観察することだね。慎重すぎるのも考えもんだけど、まずは相手を良く見ることさ。どこか心の中で、私のことをただのバアサンと侮ったね。私からしてみりゃ、右腕を吊ってる坊やが重心のバランスも考えないで隙だらけの動きに、腰の入っていない手だけの振り、その気になりゃあ十通りくらい倒し方があったよ。『常在戦場』なんて古代語があるけど王族なんだから常に戦場に立ってる気構えでいないとね。あんた牛さんから高い授業料払ったのに全く学んじゃいないよ」


「うっ……返す言葉もありません」


「戦闘中だったら、あんたくらいの技量があれば相手の動きを誘導することも造作ないだろうに、意識の問題だろうね。王子さまや、言葉ってのはね、時に武器になるんだよ。剣や魔術よりも強力な防ぎようのない武器にね。あんたは、パーティーのリーダーなんだから言葉という魔法に惑わされない心を鍛えなきゃいけないよ。何も体を動かすことだけが、鍛錬じゃないさね。何が言いたいかといえばね。面倒だからとっととお眠りよ」


 木人が杖を構えて「寝ないなら物理的に眠らせてやろうかね」と無茶苦茶を言った。


 デニッシュが「勘弁してください」といった。




 バサバサバサバサバ


 その刹那に森が騒ぎ出し、鳥が逃げた。


「「「「!!!」」」」


 皆が胸騒ぎを覚えた。


「おばば様、なんでしょう。森が騒いでいます」


「ああ、荒れてるね。西の方角だ。ちょうど、ダイアン迷宮の辺りだね」


「ダイアン迷宮?! 」


「どうしたんだろうね。この感じ、魔獣大行進と似たような空気を感じるよ……いや、もっと不吉な何かだね」


 ズキズキ


 デニッシュのブラックロータスにやられた右肩が痛んだ。

いつも読んでいただきありがとうございます。

今月で終わらせる予定ですが、評価や感想等頂けたら励みになります。

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