6 黒虎
1
「ガルルラァァ」
ヴェルサーチの身体が漆黒に染まっていく。
『グモオオオ』
ビュン
そんなことはお構い無しに、ブラックロータスは距離を詰め、止めを差そうと昆を振るう。
ブラックロータスに油断はない。
昆がヴェルサーチに当たろうかという刹那に……
ガァァァァアン
ヴェルサーチが身体を捻りながら足裏で昆の衝撃を止めた。
『グモオ? ぐっぷぅ』
ブラックロータスが左側のこめかみに衝撃が走る。もとより片目を失っている死角からの蹴りだった。
ヴェルサーチは空中を回転しながら、ブラックロータスの顎にも蹴りを放つ。
ブラックロータスは的確に急所を狙われた。
だが、ブラックロータスの頑丈さは人種のそれとは違う。
芯からダメージをおいながらも、本能が昆を振るった。
ビュン、ヒュン
ヴェルサーチは振るわれた昆に足を乗せながら器用に跳躍して距離を取る。
漆黒となったヴェルサーチが薄暗い部屋を縦横斜めにまさしく目にも止まらぬ速さで、縦横無尽に駆け回る。種族特性による敏捷性はまさに、猫のようである。
ガァン、ガァン、ガン、ガァン、ガァン
ここからはヴェルサーチの攻勢だった。
『グモオオオォォ! がふぅ』
ブラックロータスは牛魔獣という特性から、体力や膂力、頑丈さに特化した重量級の戦士のように、足を止め一撃、一撃の攻撃に特化した戦闘スタイルだ。
多少被弾しようが、最終的に一撃から数発の攻撃で敵を沈黙、死に至らしめる。
先の白虎もブラックロータスと似たような戦闘を得意としていた。
「ガルル! 」
だが、この黒虎は違う。
常に動き回り、ブラックロータスの死角から急所を攻撃してくる。
『グモァァ! 』
また、ブラックロータスが蹴りをガードしようとすると、器用にフェイントや軌道を変えて防御をすり抜けてくるのだ。
しかも、この攻撃は身体の芯に響く。ダメージではなく、体力を奪われていく実感がある。
《治癒》はあくまでも、細胞分裂を促進するものであり、体力を回復するものではない。
後手に回ったブラックロータスはじわじわと体力と精神力を削られていった。
『グモオオオ! 』
ブラックロータスが昆を振るうと、ヴェルサーチはそれを嘲笑うかのように距離を取り、絶妙な間でカウンターの蹴りを食らわす。
続けざまに、苦し紛れの昆を振るうが既にそこにヴェルサーチはいない。
「ガルル、ガルル、ガルル」
ヴェルサーチが笑っている。余裕の表情だ。実際のところ、ヴェルサーチは左腕をやられているため傷としては痛い。だが、怒り狂うブラックロータスの表情を見ると、痛みを忘れる位に心地よい。
「ガルル」
ヴェルサーチが主部屋を慣性の法則を無視したかのように、縦横無尽に飛び回る。
ブラックロータスはその速さを追うこと叶わない。
ガシャリ
ブラックロータスは左手の籠手に魔力を込めた。
ブラックロータスは想像する。
この飛び回るちょこざいな黒虎をどうすれば捕まえることが出来るかを……
2
ビクビク
左腕の籠手が疼く。
「グモオオオォォ! 」
ブラックロータスは疼きのままに左腕を振った。
「ガルル」
ヴェルサーチは余裕を持って躱す。ヴェルサーチはそのまま脚の脚力を最大限に発揮して、飛び回ろうとした瞬間に……
「ガル? 」
ヴェルサーチの右足が捕まれた。ブラックロータスの左腕の籠手が魔力を媒介として形状を変化させて伸びたのだ。
「ガル! ガル! 」
更にはヴェルサーチの頭の中に声が聞こえる。これは、ブラックロータスも認知はしていないが、その狂気に悲痛を混ぜたような声がヴェルサーチの精神を汚染する。
「グモオオオォォ! 」
もちろん、ブラックロータスがその隙を逃すはずがない。
ブラックロータスは昆を離して、右手で左腕の籠手からを掴み両手で振り回す。
「ガルル! がふぅ! 」
ヴェルサーチはそのまま体勢を崩され、引かれた勢いのままに壁に衝突する。
ブン、ブン、ブン
絡まった籠手は、ヴェルサーチの足から離れない。ヴェルサーチは、地面に壁に幾度となくぶつけられる。
精神汚染も邪魔してか、ヴェルサーチの気力が萎えていく。
薄れゆくヴェルサーチが吠えた。
「ガルルガルルガルルガルル! ガルララララァァァァ」
瀕死の重症手前でヴェルサーチの身体が漆黒から深紅に染まった。
ヴェルサーチの瞳も深紅に染まった。
眠っていた野生が目覚めようとしている。
イラスト 漆黒籠手 作画 ヴァリラート様




