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5 白虎

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1


 ドガアァァァァン


 ブラックロータスによって門が蹴り破られた。


「ガルルルルルル」


 四十階層主部屋にいたのは、ブラックロータスと同じ三メートル近くはある人型の白虎であった。


階層主『三虎ヴェルサーチ』は酷く不快な顔をしていた。ヴェルサーチは長き眠りに至っていたのだが、先のブラックロータスによる分銅鎖の試し打ちの騒音で眠りを妨げられた。階層主は基本的に主部屋からは出ること叶わない。門番であるブラックロータスが四十階層から出られなかったことと同じように迷宮の制約により縛られているのだ。


仮にこれが挑戦者として門を開けて来たならばいい。だが、ブラックロータスは分銅鎖で一日中遊んでいたのだ。


ヴェルサーチはいつ入って来るかも分からない来訪者に気を取られながらも無条件に神経をすり減らされていた。ブラックロータスにそのような意図はなかったが、結果として獣は焦らされたのだ。


『グモォォォオ』


 ブラックロータスはヴェルサーチを見た後に笑った。


(これが、我が守っていた者か)


(ふざけるなよ! 我よりも強いではないか)


 ブラックロータスはヴェルサーチの溢れる武威に一瞬たじろいだが、それは刹那の時間であって本能が喜んでいた。


(こんな近くに、こんな強きものがいただと)


(ああああ、愛しい)


 ブラックロータスは準備万端だった。


「ガルル」


 ヴェルサーチは言うまでもない。


 獣たちの晩餐会が始まった。


2


『グモオオオ』

ブラックロータスが歓喜の声を上げて昆を振り回す。


「ガルルガルルガルル」

白虎ヴェルサーチの両の腕が隆起する。


両者は似たような体躯のため、昆を振るうブラックロータスのほうがリーチがある。


だが、ヴェルサーチは異常に隆起した左腕で昆を防御した。

『グモォ』

ブラックロータスはまるでダメージのないヴェルサーチに驚きを隠せない。


「ガルル」

ヴェルサーチはその隙を見逃さずに、隆起した右拳でブラックロータスの顔を殴打した。


「グモオオオォォ」

ブラックロータスは壁まで吹き飛ばされた。

ブラックロータスは意識を失った。


ヴェルサーチはつまらなそうな顔をした。


3


ブラックロータスは意識が混濁した中でも、怒りが支配していた。

自身に対する怒りだ。

ブラックロータスは自身を強者と認識している。自身が本気を、出せば直ぐに勝負がついてしまう。

それでは楽しめない。

ブラックロータスにとっての戦いとは、遊びの延長であった。

目の前の白虎を決して舐めていた訳ではない。


だが、ブラックロータスは無意識に昆を振る力をセーブしていた。

自分より強者と認識していたつもりが、心の中では見くびっていたのだ。


ブラックロータスが《治癒》の光に包まれる。実際のところブラックロータスの首の骨は折れていた。

普通は初級魔術の《治癒》では治せるものではないが、ブラックロータスの《治癒》は特殊な環境での習得であった。そのため、自身の意思とは無関係に魔力の続く限り自動で継続して《治癒》が発現する。

普通の魔獣ならば先の一撃で生命活動を停止せている。だが、ブラックロータスのその強靭な肉体にタフネスと《治癒》による強制的な回復のおかげで一命を取り留めた。

また、ヴェルサーチがブラックロータスを止めをささなかったことも幸いした。

傷を癒す時間は十分にあったのだ。

尚、これは自身を《治癒》するため力量以上の回復力をみせているが仮にブラックロータスが他者に《治癒》をかけた場合は、ここまでの効果はないであろう。


(こいつは、大丈夫そうだ。きっと、壊れない)


『グモオオオ』

ブラックロータスは昂る闘志を燃やした。


「ガルル! 」

ヴェルサーチは背筋に寒気を感じた。


ブラックロータスが立ち上がった。

ヴェルサーチは一瞬驚愕したが、直ぐに戦闘態勢を取る。



ガァン、ガァン、ガァン、ガァン、


『グモオオオォォ』

「ガルルラァァ」


ブラックロータスが昆を振る。力の限り昆を振る。

その一撃、一撃は巨木や岩すら砕く威力はあろう。

ヴェルサーチは初めのように筋肉を隆起させ、《硬化》を発現した腕で受けていた。

だが、ヴェルサーチは違和感を覚えたのだ。


ビュン ビュン、ガァン、ガァン、ビュン


痛みなどまるでなかった腕がブラックロータスの昆による攻撃を受ける度に痛む。

さらには、ブラックロータスが昆を振るう度に速度が増している。


「ガルルルル」

ヴェルサーチが昆を躱しながらブラックロータスの懐な潜り込む。


ドズン


ヴェルサーチはブラックロータスの腹部に右拳で殴打する。

先ほどのブラックロータスを吹き飛ばした一撃だ。

だが、ブラックロータスは腹部に力をこめると同時に任意で《治癒》を発現した。


ダメージは受けて体力も削られだが、臓器の傷を瞬時に《治癒》した。


『ぐっぷぅ、グモオオオォォ! 』


「ガルル! 」


ブラックロータスは込み上げた口内の血の味を感じながらも、自身の狂気を解き放つ。

密着したこの距離は昆の距離ではない。ブラックロータスは血を滴らせながら、ヴェルサーチの左肩の腱を食い破った。

ヴェルサーチが痛みにうろたえて、距離を取ろうと後ずさるがそれは悪手だ。

ヴェルサーチの左側から昆の攻撃が襲う。


ガァン


「ガルぅ! 」


ヴェルサーチは右側に吹き飛ばされた。


左腕は度重なる昆による攻撃を防御したために、前腕部が膨れ上がっている。今ので、恐らく骨まで折れている。

さらには、左肩の腱も食いちぎられたため、思うように腕が上がらない。


ドクン、ドクン、ドクン

ヴェルサーチの中の誰かがいった。


白虎では無理か……


「ガルル、ガルル! ガルルルルルゥゥゥ! 」


ヴェルサーチの身体が漆黒に染まっていく。


獣達の宴はこれからが本場のようだ。


挿絵(By みてみん)


三虎ヴェルサーチ 作画 ヴァリラート様





今日も読んで頂きありがとうございます。

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