小さな花火大会
「こっちこっち〜!」
「はあ、待って、って、」
一体なんなのだ彼女は。
彼女が花火の麓にいることに疲れたというから人気の少ないこの公園までわざわざ抜け出してきたというのに。
疲れていたはずの彼女は元気を余していて、数分前までいつ手を繋ぐか思考を巡らせ、ドキドキしていた僕が今は息を切らして心臓を揺らしている。
「はあ、はあ、ちょっと、休憩、、、」
「えー!じゃあこれ貰っていくね!」
たまらず僕がベンチに腰を落とすと、先ほど道すがら見つけたコンビニで購入した花火セットを彼女はひょいと僕の手から奪っていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ベンチにて僕は荒くなった呼吸を落ち着かせる。その間彼女は一番勢いの強い花火に火をつけ、キャッキャ言いながら浴衣とは思えないくらい軽やかにぐるぐると回転をしている。
先ほどまでの彼女の疲弊具合が嘘のようだ。……いや、本当に嘘かもしれない。
僕は手を大仰に広げ背もたれに寄りかかる。
すると、綺麗な花火が遠くで打ち上がっているのが葉の間から僕の目に映る。
「空、綺麗だな」
ポツンと咲く花とその背景に僕は思わず感嘆する。そうだ僕はこれを彼女と見上げたかったのだ。出来ればもう一度見晴らしの良いとこに…
「何〜!?なんか私のこと呼んだ!?」
すると何を勘違いしたのか彼女がブンブンと腕を回しながら駆け寄ってくる。そう、彼女はいつもこんな感じだ。突然黙ったと思えば突然喋り出す。どこかへ行ったと思ったらすぐ近くにいる。
「全く呼んでないよ」
僕は間髪入れずにそう言う。
「え〜!空耳か〜」
「空耳だよ。というか、そんなに元気が有り余ってるなら、もう一度見晴らしの良いところまで行こうよ」
「むぅ」
と彼女は頬を膨れさせる。どうやら戻る気はないらしい。彼女は何かが不満らしい。こうなった彼女はもう止められない。それならば
「わかった、じゃあ僕と勝負をしよう」
「勝負?」
ん〜と彼女は眉根を寄せ、首を傾げる。
「花火セットの中に線香花火があるだろ?同時に火をつけて、どっちの花火が長持ちするかの勝負」
「ふむふむ」
「負けた方は勝った方の言うことを聞く。どう?」
「ふふふ、いいねいいね!面白そう!」
彼女はこういう勝負事が大好きなのだ。これで彼女に打ち勝ち見晴らしの良いところで花火のクライマックスを見る!
「「せーの!!」」
こうして僕と彼女の小さな花火大会が始まった。
「「………」」
パチパチという小さな音という音を軸に遠くからバラバラという大きな音が僕らを静寂へと誘う。
僕も彼女も小さな花火に集中していて、喋る余裕などなかった。
数秒が経過した。線香花火の耐久時間は平均四十秒強であるため、まだまだ静寂は止まない。
十秒、経過した。花火はまだ、落ちない。
僕は今日、うまくやれていただろうか。線香花火を見下ろしていると、どうにもセンチメンタルな気になる。
今日のために事前に見晴らしの良いスポットを見つけ、朝早くにシートを敷き、場所を取る。下駄で歩きづらいため、彼女に怪我がないよう歩幅に気をつける。人ごみで彼女を見失わないように常に視界に彼女を入れる。時間通りに開幕を見上げ、たこ焼きを分け合う。
二十秒、経過した。花火はまだ、落ちない。
結局、僕は僕を通してでしか彼女を見れていないのだ。僕の考える彼女のための最高のデートプランも結局、僕にとっての彼女の最高でしかない。人が自分を介さずに相手だけを見るというのは不可能なのである。彼女が何を考えているかはわからない。彼女は僕のデートプランが気に入らなかったのだろうか。彼女の先ほどまでの振る舞いは空元気なのだろうか。橙色の火花を前に、いくつもの考えが僕の中で渦巻く。こういうふうに相手が何を考えているか、自分の中で悶々と正解を探そうとしても、自分の中を出ることはなくて。
三十秒、経過した。花火はまだ、落ちない。
「あの、さ、その、ごめんね。わがまま言っちゃって」
別に意識して喋らないようにしていた訳では無いが、静寂を破ったのは彼女の謝罪だった。彼女も静かに燃える花火を見て僕と同じく感傷的になっていたのかもしれない。彼女が今、どんな顔しているかは僕にはわからない。
「疲れたってのはほんと。でも今はもう元気。小さい頃から人ごみが苦手で、抜け出したくなったの。せっかく色々考えて、準備してくれたのに、ごめん」
「ううん、僕の方こそごめん、察することができなくて。それにこうやって静かに花火を見下ろすのもいいなって思い始めてる」
ふふ、と彼女は小さく笑って、くく、とつられて僕も小さく笑う。
未だ輝き続ける小さな玉を見つめたままお互いの気持ちを吐露する。
四十秒、経過した。花火はまだ、落ちない。
こういう風に自分の中で誇大妄想を繰り広げても、相手の考えはなんだかんだ考えればすぐ分かるようなシンプルなものだったりする。そして、先ほどまでの感情は嘘のように霧散するのだ。もし、この一連の流れを客観的に見ている人がいたら、考えすぎだ、それ以外の理由はないだろ、と鼻で笑っていたかもしれない。しかし、鼻で笑った人も愛する人を目の前にしたら感情の整理がつかなくなるんだから、恋は盲目というのは正しいなとつくづく思う。
五十秒、経過した。花火はまだ、落ちない。
ほんの数秒の会話のあと、またしても静寂が訪れる。もう平均時間を超えている。この小さな勝負に勝ったとて、彼女をあの場に連れ戻すことはしないだろう。負けた方は勝った方の言うこと聞く、か。我ながら良いルールだ。彼女は我慢強くない方だからな。むしろここまでよく耐えているほうだ。今にきっと彼女の手は震え出し、僕の勝ちは確定するはずだ。
六十秒、経過した。花火はまだ、落ちない。
ふと僕は思った。彼女は一体今どんな顔をしているのだろうか。線香花火に照らされる彼女の顔を見上げた僕は思わず、呟いてしまう。
「そら、綺麗だな」
「「あっ」」