第97話 世界樹
『え? 戦争中なんですか?』
『違う。だがいつでも攻め込める状態ではある。おまえ達が脱出してくるのを待っていたのだ。人質にされる恐れがあったからな』
俺達がエルフに捕まった可能性があっただけじゃなく、流刑の地が攻撃される危険もあったのか。
何はともあれ、俺はレイサルさんに携帯念話機を渡した。
使い方を説明し魔王との念話に参加してもらう。
『ま、まさか……こんなアーティファクトが存在するとは……』
レイサルさんは、俺達を見ながら口を開けっぱなしにしている。
それから魔王、ドワーフ王と少しの間、昔話に花を咲かせていた。
『エンツォ……エンツォ王の方が良いのかな? これからのことですが、私から提案があります』
『今まで通りエンツォと呼んでください。それで提案とは?』
魔王はレイサルさんにだけ態度が変わる。
レイサルさんはハイエルフで500年生きてるって言ってからな。
初代魔王の頃からの大先輩ってところか。
『私とタクミ達は世界樹へ向かいます。彼らが世界樹の葉を必要としていること、その理由も聞いています。そして、彼らなら世界樹に巣くう災いの根源を絶つこともできるでしょう』
『それはオレも考えている。だが、あなたが付いていくのは反対だ。危険すぎる』
『いろいろケジメをつけることもありますし、エルフの問題を他族だけに解決してもらうわけにはいきません。ですので、エンツォの元へ戦士を送りますので使ってやって下さい。魔力操作に長けた者達です。罠の解除や結界による防御など、いろいろ役立てるでしょう』
転送魔法陣を設置後、レイサルさんと俺とミアは世界樹へ向かうことになった。
クズハとリドはここで待機だ。一番の理由は瘴気が吸われるため世界樹に近寄れないことだが、魔族の侵攻ルートを考えると、挟撃にも予備兵力にもなるのでここで待機させることになった。
◇
——流刑の村を出発して、もう2時間ぐらい森の中を歩いている。
レイサルさんの話だと、世界樹はアーティファクトなので葉は存在するが、植物のように落ちることはないらしい。
そして、驚くことに事情を説明すれば世界樹が協力してくれるはずだと言う。
世界樹は自我を持っているが、その思考は世界の維持にあり、エルフ寄りではないそうだ。
サイロスと長老達が世界樹との会話を独占することで、世界樹を自分達の都合の良いようにコントロールしているらしい。
「世界樹にお願いするには、どうすればいいんですか?」
「世界樹は巨大なため、地上から近い根元の方にコアがあるのです。そのコアを通して世界樹と会話ができます」
そこに言って、葉っぱをくださいとお願いすればいいんだな。
「しかし、コア周辺はサイロス達が神殿を作り、部外者は近づけないようになっています」
……どうするんだ?
「だから、関係者しか知らない非常用の通路から入ります。この通路は脱出用なので、コアが祀ってある『神託の間』に直接つながっています。人の居ない時間帯に入り込めば見つからずに世界樹と話せるはずです」
「なるほど、確かにそれが一番良さそうですね。ただ……今もその非常用通路があるのか心配ですけど」
レイサルさんが流刑の地に捕らわれて、200年は経っているからな。
非常用通路が閉鎖されていても不思議じゃない。
「ええ。それも当然確認しますが、別の懸念もあります。流刑の地の結界が解除されたことを知られると、非常用通路も警戒されるでしょう。だから、この作戦を決行するなら今夜しかありません」
それから少し歩くと、枯れた巨木の幹にある樹洞の前でレイサルさんは足を止めた。
「ここが非常用通路の出入り口です。一度、中に入り通路が使えるか確認したかったのですが……」
幹にある大きな穴のまわりには、蜘蛛の巣や落ち葉がある。
それらを取り払って中に入れば、使われた形跡が残ってしまう。
「レイサルさん、この通路が使われた形跡を残したくないんですよね?」
「そうです。定期的に見回りがきている可能性はありますからね」
俺がミアを見ると、まかせてと言わんばかりに頷いてくれた。
「レイサルさん、通路の確認はどのぐらい時間がかかりそうですか?」
「今から夜になるまで……4時間もあれば大丈夫です」
「それなら余裕ですね。私に少しだけ時間をください。今、この状態を描いちゃいますね」
レイサルさんは不思議そうにミアを見ている。
その間に、俺は周囲を『スキャン』で誰もいないことを確認した。
「——はい。準備ができました。それでは、通路の確認に行きましょう!」
「ミアさん、もう中に入っても大丈夫なんですか?」
ミアは頷き、入り口周辺のものをライトセーバーで焼き払う。
そして、『現実絵画』のスキルを発動させた。
「こ、これは……とても絵とは思えません。すごいスキルですね」
褒められたミアは嬉しそうだった。
スキルを一度解除し、俺達は入り口へと向かう。
「周辺の痕跡は私が消しておきます。こう見えても少しは魔法が使えるんです」
レイサルさんの腕から紫色の煙が周囲に流れ出す。
そして、足跡の残る地面は平らになり、枯れ葉や倒れた草は自然な状態に戻った。
「すごい。今のは何ですか?」
「簡単な闇魔法です。ただ、自然な状態に見せるだけですけどね。便利なんですが、地面など低いところにしか使えないのです」
魔法か……確かに便利だけど、相手も使えるってことだよな。
単純な攻撃魔法は怖くないけど、今みたいに搦め手でこられると危険だな。
油断は禁物だ。
——俺達は非常用通路に入った。
ミアには『現実絵画』で入り口の痕跡は消してもらった。
通路の中に入ると真っ暗だった。
灯りを使うと、相手から発見されやすくなる。どうするか?
そう思ったとき、目に入る映像が明るくなった。
まるで暗視カメラの映像みたいだ。
俺とミアが驚いていると、レイサルさんがニヤリと笑った。
なるほど、これも魔法なのか。便利すぎる。
足音などの音を消したり、トラップを解除したりと全てレイサルさんが魔法で解決していく。
俺とミアだけだったら、力業で突破することはできるが、確実に敵に見つかっていただろう。
さすが魔王が認める男だ。
1時間ぐらい歩いた頃、レイサルさんの足が止まる。
『そろそろ神託の間が近い。ここから先は夜になるまで待ちましょう』
俺達は少し広い場所まで戻り、休憩しながら夜まで待つことにした。
◇
——夜のとばりが下り、周囲は凜とした静けさに包まれた。
自分の呼吸の音すら大きく感じる。
『そろそろ行きましょう。タクミさん、スキルで周囲の確認をお願いできますか』
俺は『スキャン』のスキルを使い、周りに誰もいないことを確認した。
その結果を伝えると、出発することになった。
特に問題が起きることなく、通路の出口までくることができた。
通路の出口は縦長の楕円型だった。
『神託の間』に入り、後ろを振り向いて納得した。
俺達が出てきた出口は、この部屋から見ると楕円形の壁掛け鏡になっていた。
『あちらを見て下さい。木の壁にめり込んでいる水色の球体が見えますか? あれが世界樹のコアです』
一面が木で出来ている壁に、水色のボーリングボールのようなモノがめり込んでいた。ということは、あの壁の木は世界樹の幹ってことか。
レイサルさんの後を付いていき、コアの前まできた。
『それでは、世界樹に話しかけます。最初は私が話しかけますので、その後代わります』
俺達は頷いた。
レイサルさんは深い深呼吸の後、水色の球体に向かって話しかける。
「世界樹よ。私の話を聞いて下さい。あなたにお願いがあって参りました」
『————————話してみよ。我に望む願いとはなんだ』
脳に音が直接伝わるかのような、地を這うような低い声。
その声は、どこかで聞き覚えのある声だった。
後書き失礼します!
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
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