雨の日の二人
雨が降っている。
わたしは昼休みの教室の窓から、それを見ていた。
先輩に別れを告げられたのも、今日とよく似た雨の日だった。
2年前の中2の時、先輩に告白された。
「女の子同士なのにごめんね」と気にしていたけど、わたしはすごく綺麗な先輩に憧れていたから舞い上がってしまった。
それから半年間は、夢のような毎日が続いた。
今思えば、わたしはもっとかわいらしく先輩に甘えれば良かったのかもしれない。
元々、大人しい性格のわたしが、先輩は物足りなかったのかな。
「ごめんね」
また、先に謝られた。
「他に好きな娘ができたの」
廊下で、そう告げられた。
わたしの心は凍りついた。
あまりの悲しさに、息をするのも忘れそうになった。
人形みたいになったわたしを置いて、先輩は帰った。
その時の雨の音と匂いが、今でもわたしの中に鮮明に残っている。
雨が降っている。
こんな雨の日は先輩を思い出す。
私は昼休みの教室で2人の友達と喋りながら、窓際の席に座って外を見ている吉崎琴音をチラチラと観察している。
物憂げな雰囲気をまとったショートカットの綺麗な娘。
同じクラスになってから、ずっと気になっている。
あの娘は雨が降ると、いつも外を見ている。
落ち着いた瞳が、いっそう深みを増して、より神秘的になる。
彼女は何かを悲しんでいるのじゃないかしら。
そう思うと、胸がキュッと痛んだ。
「優奈?」
上の空になっていると気付いた友達に呼ばれる。
「あ、ごめん」
「んー? 吉崎さん?」と友達。
2人が顔を合わせる。
「何だか、人を寄せ付けないオーラ全開だよね」
「そうそう! 誰かと話してるの、ほとんど見たことない」
確かに琴音は、いつも独りだ。
でも、それが私の救いでもある。
もしも琴音と特別仲の良い娘が居たとしたら…考えたくもない。
「気になるの?」
「え!? ううん…」
私の返事に、2人は違う話題を喋りだした。
私は、また琴音を覗ってしまう。
放課後になっても、雨は降り続いている。
教室に1人残ったわたしは、窓の向こうを見ている。
家路を急ぐ生徒たちの鮮やかな傘が、校舎の外へ流れていく。
わたしの中の先輩は消えない。
ふと思う。
わたしは、いつまでこれを続けるつもりなのか。
同じ場所に留まって、前に進まないのは実はどこかで、この状況を楽しんでいるのじゃないか。
悲劇のヒロインぶって、誰ともかかわらず。
独りで居れば心が穏やかになるから。
疲れなくて済むから。
そのくせ、時折、寂しさは感じて。
矛盾してる。
わたしは自分勝手だ。
先輩との思い出が、また頭の中で何度も何度も繰り返す。
本当に幸せだった。
先輩もわたしと同じなら良かったのに。
私は教室の入口から、窓の外を眺めている琴音を見ている。
琴音は、私に気付いていない。
ひどく頼りなげな細身の背中と、窓に映った物憂げな表情。
何がそんなに悲しいの?
琴音が左手を窓ガラスに当てた。
その白くて細い美しい指を見た時、私の感情は際限なく溢れ出して、何もかもを埋め尽くした。
私は琴音に近付いた。
琴音の眼差しが、ガラスに映った私を見つめる。
後ろから、そっと琴音を抱き締めた。
琴音は何も言わない。
私も何も言わない。
雨音だけが響いた。
栗色の素敵なロングヘアー。
望月優奈さん。
とてもかわいい娘。
少し意識はしていた。
たまに眼が合うのは、ただの偶然だと思った。
でも今、背中に優奈さんの温もりを感じていると、いよいよその時が来たんだって分かった。
先輩は先に行った。
わたしだけが取り残されている。
今日みたいな雨の日は、いつも悲しかった。
謝る先輩。
そして、その唇。
わたしの中で、ずっと大きな場所を占めていた。
それも、もう終わる。
そう思うと、不思議な悲しみが湧いてくる。
わたしの雨の日の思い出は、もうすぐ変わってしまう。
この痛みを手放す未練?
踏み出すことへの逡巡?
「ねえ」
優奈さんの心地良い声がした。
「ねえ」
我慢できなくなった。
琴音の背中から伝わってくる体温が、私を熱くした。
湧き上がるこの気持ちをそのまま、彼女に伝えたい。
「私」
「待って」
琴音の綺麗な声。
琴音が私に顔を向けた。
唇が触れ合いそうな距離に、私の胸は高鳴った。
琴音に聞こえてしまっているかもしれない。
「まだ言わないで」
私は黙った。
私と琴音の関係は変わり始めている。
琴音が私の気持ちを口先だけで放置することはない。
それが何故か分かった。
それは、ほとんど確信だった。
だから、待つことにした。
かわいい顔が間近にある。
わたしの頼みを聞いて、優奈さんは黙ってくれた。
ああ。
もう始まっている。
あれだけ、わたしを満たしていた先輩が小さくなっていく。
優奈さんのとても良い匂いと、小さな息遣い。
それが、わたしを変えていく。
もう終わる。
そして始まる。
新しい雨の日の思い出。
それが、すぐそこまで来ている。
でも、もう少し。
もう少しだけ。
雨音が響く。
微かに、琴音の息遣いも聞こえる。
私はこの時間も好きになってきた。
まだ始まっていない。
でも、もう始まる二人の時間。
怖れはなかった。
琴音と繋がっている気がしたから。
ただ待っている。
その時が来るのを待っている。
琴音が深呼吸した。
そして、恥ずかしそうに笑った。
私が初めて見る屈託のない笑顔。
可憐で素敵な笑顔。
琴音は小さく頷いた。
私の素直な気持ちを伝える時が来た。
「私は琴音が」
全てが変わろうとしている。
雨の匂い、音、先輩との思い出。
塗り替えられていく。
優奈さんが、わたしの中に広がっていく。
かわいらしい瞳が、わたしを見つめている。
ピンク色の唇が、彼女の想いを告げている。
「私は琴音が」
もう雨の日は悲しい日じゃない。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝です\(^o^)/
そしてご協力いただきました大福もっちさん、ありがとうございます(*^^*)