いつまで待てばいいのか~アデル視点~
ローズがグラシュ国に旅立ってから、1週間。既に僕は限界を迎えていた。毎日最低3回は通信をしているが、そんなものでは到底足りる訳がない。
そもそも、ローズのおばあ様の傷は、大したことなく、今は退院して元気に暮らしているそうだ。それなのに、どうしてローズは帰ってこないのだろう。
「アデル、今日も機嫌が悪いな。ローズ嬢、まだしばらく帰れそうにないのかい?」
兄上が僕に話しかけてきた。
「ええ、どうやらローズの兄上が“ずっとローズはグラシュ国で暮らす”という、大嘘を、おばあ様と自分の婚約者に吹き込んだ様で。大喜びのおばあ様と、グラシュ国に馴染めるよう一生懸命世話を焼いてくれる婚約者を見ていると、どうしても帰りたいと言い出せない様です」
本当に腹ただしい。あの兄の大嘘のせいで。第一あの兄、自分が勉学に励みたいからと、まだ幼かったローズからおばあ様を取っただけでなく、他国で婚約者まで作って。さらにローズまでも自分の傍に置こうだなんて、どれだけ図々しいんだ。
「ローズ嬢はずっと家族と離れ離れだったんだ。両親もあんなんだし。きっと家族に会えて嬉しいのだろう。アデルが”ローズ嬢が傍にいなくて寂しい”という気持ちもわかる。でも、帰国したらずっと一緒にいられるんだぞ。それにしても、離れを改築工事までさせて、あそこで2人で暮らしたいだなんて…」
あきれ顔の兄上。
そう、僕はローズと心が通じ合ったあの日、すぐに両親を説得して、離れの改築工事に着手した。ローズはずっとあんなに大きな屋敷に独りぼっちだったんだ。あのままずっと、ローズをあんな屋敷に1人きりになんてさせておけない。だから、ローズが帰国したら、離れで2人で暮らす様、手配を整えた。
もちろん、ローズの母親にも僕から話しは付けた。それにしてもあの母親
「ローズがそうしたいと言うなら、別に構わないわ。好きにしてちょうだい」
と言ったのだ。本当に子供に興味がないのだな。それを聞いた家の両親も、呆れていた。ただ、そのお陰でローズが我が家に来ることを、快く承諾してくれたから、まあよかったのかもしれない。
工事も急ピッチで進めたおかげか、来週にも改築工事が終わる予定だ。ローズの家の使用人たちも、何人かは来てくれることになっているし。後はローズが帰ってくるのを待つだけなのだが…
ローズが帰ってくる気配は一向にない。毎日毎日、気が狂いそうな生活を送っているのに。ローズは義理の姉になる令嬢と、街に買い物に行ったり、彼女の友人たちとお茶をしたりと、楽しい時間を送っている様だ。
ローズは本当に帰ってくるつもりがあるのだろうか?このままグラシュ国で生活したいなんて、考えているのではないか?そんな不安が、日を追うごとに増していく。
いっその事、迎えに行こうか。でも、もし拒否されたら…そう考えると、どうしても迎えにいけない。
そんな中、僕はある夢を見る様になった。それは、ローズからはっきりと“アデル様、別れて下さい。私はこれからずっと、グラシュ国で生きていきますわ”そう言って、僕の傍から離れていく夢だ。
僕がどんなにローズの名前を呼んでも、振り向いてくれないのだ!そんな悪夢が何日も続き、僕はいつの間にか、寝るのが怖くなってしまった。
「アデル、顔色が悪いよ。ローズ嬢の事が心配なのはわかるけれど、しっかり食事をして、しっかり眠らないと。ローズ嬢が帰ってきた時、また心配させてしまうよ」
「そんな事はわかっています。でも…ローズがもしグラシュ国にずっといる事を選んだら、僕は…」
考えただけで、気が遠くなりそうだ。
「アデル…もしローズ嬢が、グラシュ国にずっといる事を選んだら、その時は無理やりにでも帰国させて、部屋にでも閉じ込めて出られないようにすればいいだろう?大丈夫だ、僕がティーナを僕から離れられなくした時の方法を、教えてあげるから」
それはそれは恐ろしい笑顔を見せた兄上…
この人、一体ティーナに何をしたんだ?まあ、今となってはティーナがどんな目に合っていようが、知った事ではない。
「兄上、本当にローズは僕から離れられなくなるのですか?それならぜひ教えて欲しいです!」
この時の僕は、既に精神が崩壊しかけていた。ローズが僕の傍にいてくれるのなら、何でもしようと思っていたのだ。
「アデル、それはローズ嬢が逃げた時にしよう。リスクが大きすぎる。君は引き続き、ローズ嬢の説得をしてみて」
そう言って兄上は去って行った。そうか、ローズは僕から逃げられないのか。少しだけ心が軽くなった。
それからも、僕は辛い日々を過ごした。そして、気が付くとローズが旅立ってから、1ヶ月が過ぎていた。
この日は朝通信したっきり、何度通信機を鳴らしても通信に出ないのだ。一体どうなっているんだ?もしかして、もう僕とは話しすらしたくないというのか!そんな事、絶対に許さない!
「兄上、もう僕は待てない!きっとローズは、僕を切り捨てる気なんだ。こんな仕打ちはない!とにかく、今からグラシュ国に行って、ローズを連れ戻して来る。首に縄を付けてでも、連れて帰ってくるから」
怒りに身を任せ、荷造りを行う。
「落ち着け、アデル。何かトラブルが発生しているのかもしれない。第一、ローズ嬢の性格からして、そのまま音信不通なんて非常識な事、絶対にしない。とにかく落ち着け。そうだ、今なら通信機が繋がるかもしれないよ。連絡してみたらどうだい?それでも出ないなら、その時また考えよう」
兄上の必死の説得で、しぶしぶもう一度通信機を鳴らすことにした。




