これは夢でしょうか
馬車に乗り込むと、なぜか私の隣に座るアデル様。
「ローズ、よく見たら制服じゃないか。もしかして、家に帰ってすぐに来たのかい?」
「はい、他の友人の家にも回っておりましたので」
「もしかして、マイケルの家にもかい!」
「…いいえ、カルミアやファリサ、ティーナ様の家です」
「そうか、それならいいんだ。すぐに来たのだったら、お腹が空いているだろう。そうだ、レストランで食事でもしないかい?」
アデル様と2人でレストランか。なんだかデートみたいで素敵ね。でも…
「お気遣いありがとうございます。でも、料理長が美味しい食事を作って待っていてくれているので」
きっとおいしい料理が待っているだろう。それに今は、おばあ様の事が心配で、あまりお腹が空いていないのだ。
「そうか…分かったよ。ねえ、ローズ、それなら少しだけ僕に時間をくれないかい?そんなに長居はさせないから」
真剣な表情のアデル様。なんだか不安そうな顔をしている。だから、そんな顔をされたら断れないじゃない!
「…分かりましたわ、少しだけなら大丈夫です」
「よかった!」
すぐに窓を開け、御者に何かを指示しているアデル様。すると、来た道を引き返し始めた。一体どこに向かうのかしら?
「アデル様、どこに向かうのですか?」
「すぐ近くだよ」
笑顔で答えてくれたアデル様だが、瞳には不安がにじみ出ていた。一体どうしたのかしら?どうしてそんな不安そうな顔をしているのだろう。なんだか私まで不安になってきた。
しばらく進むと、丘の上にやって来た。
「ローズ、着いたよ。行こうか」
アデル様に差し伸べられた手を取り、ゆっくり降りる。
「綺麗…」
目の前には綺麗な夜景が広がっていた。こんな素敵な場所があったなんて、知らなかったわ。
「ここはね、僕の秘密の場所なんだ。この丘から一望できる街を見ていると、辛い事や悲しい事があっても、なぜか心が穏やかになる」
「そんな大切な場所に連れて来てくださるなんて…ありがとうございます、アデル様。今日見た美しい夜景、一生忘れませんわ」
まさかこんなにも綺麗な夜景を、アデル様と見られるなんて…
「ローズ」
急にアデル様が私の名前を呼んだ。アデル様の方を向くと、真剣な表情を浮かべている。でも、やはり瞳からは不安が滲み出ていた。
「アデル様…どうしてそんな不安そうな顔をしているのですか?大丈夫ですよ、私がいなくても、きっとティーナ様は笑顔で過ごしてくれます。もしかしたら寂しそうな顔をされるかもしれませんが、きっとすぐに慣れてくれますわ」
私がしばらくいなくなることで、ティーナ様が寂しい思いをしないか心配して、あんな不安そうな顔をしているのかもしれない。そう思ったのだが…
「どうしてここでティーナの話に…て、そうか、君はまだ僕が、ティーナの事を愛していると思っているんだね」
「違うのですか?」
ずっとティーナ様を思い続けてきたアデル様。今もそれは変わっていないと思っていたのだが…
「そういえば、ティーナが言っていたよ。ローズはとても鈍いところがあるってね」
私が鈍い?マイケル様の事かしら?
「ねえ、ローズ。僕はね、君が大好きなんだ。最初はティーナを笑顔にしてくれる人、ティーナのたった1人の友人という認識だった。でも…僕は君と過ごすうちに、どんどん惹かれていった。ただそれと同時に、戸惑いも生まれたよ。僕はずっと自分の気持ちに蓋をして生きて来たからね。それに僕は、君を愛してしまった事を、認めたくなかったんだ。それでも君が気になって仕方がなかった。もっと一緒にいたい、傍にいたいという思いが僕を支配していった。でも…あの事故が起こってしまった」
辛そうにそう呟いたアデル様。さらにアデル様が話し始める。
「僕はなぜかあの時、とっさにティーナを庇ってしまった。子供の頃から知らず知らずのうちに、ティーナを守らなければという使命感が、僕をそうさせたのだろう。でもその結果、大切な君に怪我をさせてしまった。僕は後悔したよ。僕の為に協力してくれた、最愛の君を守れなかった事を。だから僕は、これ以上君を傷つけないために別れを告げた。でも…想像以上に辛くて…そんな中、ローズは言ってくれたよね。“どうか前を向いて下さい。アデル様が笑っていて下さった方が、嬉しいです”と。その言葉で僕は吹っ切れたんだ。ローズ、僕は君を心から愛している。君が別の人が好きでも構わない。だから…どうか僕を君の傍に置いてくれないだろうか?」
アデル様が、私を愛している?
これは何かの間違いかしら?それとも、夢?
そっと自分の腕をつねってみたが、とても痛い。という事は、夢ではない…アデル様が、私の事を好きだなんて…




