僕が出来る事~アデル視点~
馬車に乗っている間も、考える事はローズの事ばかり。どうしても意識を失う瞬間、血だらけのローズがほほ笑んで瞳を閉じた姿が頭から離れない。万が一ローズにもしもの事があったら…
そう考えただけで、なぜか今までに感じた事のない恐怖が襲い、震えが止まらなくなるのだ。一秒でも早くローズの元に向かいたい。でももし、最悪な状況になっていたら…
その時だった。
「アデル、きっとローズ様は大丈夫よ。だってあんなにもお優しくて素敵なローズ様が、私たちを置いて逝くわけないのだから…」
目に涙をいっぱい溜め、そっと僕の手を握ったティーナ。いつもなら兄上がすぐにティーナの手を奪い取るところだが、なぜか今日の兄上は何も言わない。
でも、なんだか落ち着かなくてティーナの手をスッと放した。僕が求めている手は、この手ではない。あれほどまでに大切だったティーナ、でも今は…
「ごめん、ティーナ。僕は平気だから」
「私こそ、急に手を握ったりしてごめんなさい。私じゃあ役不足よね…」
そんな事はない!そう言いたいのに、なぜか言葉が出ない。
なんだか気まずい空気の中、病院に着いた。馬車のドアが開くと同時に、すぐに受付へと向かった。
「あの、こちらにローズ・スターレスが運ばれてきたはずですが!彼女はどこにいますか?」
「ローズ・スターレス様は、2階の処置室で治療を受けているはずです」
「2階ですね。ありがとうございます」
急いで2階へと駆け上がり、処置室を目指す。2階に上がると、ローズに付き添って病院に向かった先生の姿が…
「先生、ローズの容体は?」
「アデル・グリースティンか。今処置を行っているところだ。ただ、出血が思ったよりも多かったようでな。さらに傷口も深い様で、痕が残ってしまうかもしれないらしい…令嬢なのに、顔に傷痕が残るなんて…」
顔に傷痕…
令嬢にとって顔に傷痕が残ってしまう事は、とても辛い事だろう。結婚などにも影響も出ると聞いたことがある。
「それよりも、ローズ・スターレスの両親は一体何を考えているのだ。さっき母親に連絡を取ったのだが、“命に別条がないなら、そのまま退院させてください。治療費は後で振り込みます”との事だ。噂には聞いていたが、娘が大けがをしたというのに、病院にも来ないなんて…」
そう言ってブツブツと先生が怒っている。そういえばローズの家は、両親がほとんど家に帰ってこないと聞いたことがある。彼女はずっと広い屋敷で、1人きりで生活をしていたのだろう。
先生の言う通り、娘が怪我をしたというのに病院に来ないなんて!
その時だった。処置室のドアが開いたのだ。そして中から医者が出てきた。
「先生(医者)、ローズは大丈夫なのですか?」
すぐに医者に駆け寄る。
「ローズ・スターレス様の関係者の方ですね。とりあえず処置は終わりました。傷口が思ったより深かったため、縫合を行いました。ただ、非常に目立ちにくい様、最新の技術を取り入れておりますので、傷痕はほとんど残らないでしょう。かなり出血しておりましたので、まだ意識は戻っていません。まあ、そのうち目覚めるでしょう」
そのうち目覚めるでしょう!だって?なんて呑気な事を言っているんだ。この医者は。でも、傷痕はあまり目立たないとの事で、よかった。
とにかく早くローズに会いたい。そんな思いから、すぐに処置室に入ろうとしたのだが、ベッドに寝かされたローズがそのまま出てきた。医者が言った通り、意識がない様で瞼をしっかり閉じている。そしておでこには包帯が巻かれていた。前髪も切れてしまった様で、短くなっている。
そのまま近くの病室に運ばれたローズ。
「ローズ、僕だよ。目を覚ましてくれ。ローズ」
眠るローズの手をそっと握った。温かくて柔らかくて、やっぱり僕はこの温もりが一番落ち着く。でも僕は、ローズを守れなかった。そしてこんな怪我を負わせてしまったんだ…
このまま僕が、ローズの傍にいていいのだろうか…
もっと彼女を傷つけたりはしないだろうか…
そんな不安が僕を襲う。僕は彼女の為に、身を引くべきなのかもしれない。僕の為に恋人役を引き受けてくれた彼女の為にも、僕がすべきことは…
それがどんなに僕にとって辛い事でも、僕はやらなくてはいけない。それが僕にできる、ローズへの唯一の償いだと思うから…




