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08.捜査の続き

 どれほどそうしていただろうか。いつの間にか馬車が止まり、外から扉が開かれる。


「おい、いつまでくっついている気だ」

「!」


 呆れの混じった声に呼ばれ、私たちはようやく体を離す。

 ずっとヒューイットの体にしがみついたままだった事実に顔が痛いほどに熱を持ち、私はいたたまれなくなって逃げるように馬車を飛び出していた。


「おっと!」


 慌てすぎて再びタラップを踏みそこなった私の体を、ドアを開けて声をかけてきた張本人であるビルクが抱き留めてくれた。

 ヒューイットとはまた別物のように鍛え上げられた腕が軽々と私を抱え上げ、そっと地面に降ろしてくれた。


「まったく……とんだお転婆だな君は」

「すみません……」


 さっきからどうも調子がおかしい。うまく動かない頭が重くてビルクの前でうつむいていると、私の肩に何か温かいものがかけられた。


「リメル、疲れたろう?大丈夫か」

「ヒュー君」


 それはヒューイットの上着だった。ふわりと鼻をくすぐる香りはさっきまでずっと密着していたヒューイットの匂いで、私の心臓が変な音を立てる。

 私とビルクの間に立ったヒューイットは私をじっと見つめた後、すぐに背中を向けてビルクの方に向き直り姿勢を正す。


「ただいま戻りました隊長」

「ご苦労だったヒューイット」


 見上げる形になった背中は、幼いころに一緒に遊んだ少年のものではない。


(こんなに大人になっていたのね)


 ヒューイットがずっと遠くの人になったような寂しさにとらわれ、私は彼の背中から目が離せなくなってしまった。

 小さなころはほとんど同じ身長だったのに、もう見上げるほどに大きくなっている。

 置いて行かれたような寂しさと、感動と、それから名前の付けがたい苦い何かがのどを焼く。


「連中はどうです」

「腹立たしいが流石といったところだ。追手の大半は巻かれた。とはいえ、まだ張り付いている奴がいるから結果はわからん」

「そうですか……見張りが何人かいたようですが」

「そっちも追わせているが勝算はない」


 ひょいとヒューイットの向こうからビルクが私の方に視線を向けた。


「お嬢さんの演技のおかげで、連中はお前たちを完全にカモだと信じているだろうよ」

「お役に立てたならなによりです」

「十分すぎるくらいだったぜ。とはいっても俺は報告を聞いただけだがな」


 肩を揺らして笑うビルクに、私はホッとして肩の力を抜いた。

 これでヒューイットの役に立てただろうかと、相変わらず私に背中を向けたままの彼に視線を向けるがなぜかこちらを見てはくれない。


「連中はお前たちを客と認めたみたいだな。しっかりとここまで付けてきてきやがった」

「……ではここも見張られていると?」

「ずっとじゃないが間違いなく調べてくるだろうな」


 にやりと笑うビルクの表情は悪だくみをしている子供のように輝いて見えた。


 私たちが馬車で乗り付けたのはビルクの別邸だった。わざわざ偽名で借りている屋敷なので、調べられても騎士団にたどり着くことはない。

 金持ちの貴族がちょっとしたお遊びに使う屋敷だと周囲には触れ回っているらしいので、私たちのようなカップルが馬車で乗り付けたところで不審には思われないだろうということだった。


「というわけでお嬢さん。できれば今夜で解放してやりたかったが、予定通りしばらく頼むぜ」


 予定通り、という言葉に目の前のヒューイットの背中がわずかに揺れた。


「私とヒューイットはしばらくこの屋敷に滞在していればいいんですよね」

「ああ」


 潜入捜査で何より大切なのは正体が露見しないことだ。

 せっかく連中に私たちが貴族であると思い込ませたのに、ここで解散してこれまで通りの生活を送ってしまえばどこで正体が露見するかわからない。

 なので、私とヒューイットはこの件が片付くまではこの屋敷で「恋人同士」の設定を維持したまま共同生活を送ることになっていたのだ。

 うまくいけば数日。長くてもひと月。家族への口裏合わせはヘザーが協力してくれている。この屋敷から出られない間の賃金はビルクが騎士団から出してくれるというので、私としては何の問題もない。

 ヒューイットはなぜか難色を示していたが、捜査のためだと言い含められしぶしぶ了承していた。


 話が決まった時、私は不謹慎ながら少しだけワクワクしていた。

 短い時間とはいえ昔のようにヒューイットと家族のように過ごせるのかと。

 だが今は。


「ヒューイット、お前もせいぜいがんばれよ」

「……努力します」


 どこか低いトーンで答えるヒューイットの肩をビルクが大きく叩く。

 こちらを見ないままの背中がなぜか遠く感じて、これから始まる同居生活は一体どうなってしまうのだろうと胸が苦しくなった。


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