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05.潜入捜査

 眩しい程に輝くシャンデリアと明るい音楽。楽しそうに歓談する人々の熱気と香水の匂いに満ちた大ホールは大盛況といった様子だ。

 金糸を織り込んだ生地で作られた朱色のドレスは歩く度に裾がふわふわと揺れて、まるで自分が魚になったような気分だった。これまでは手間を省くために軽く一つにまとめていただけの髪も、丁寧に編み込みされ結い上げられているため妙に落ち着かない。


「リメ……リィ、足元に気を付けて」

「はい」


 慣れぬ足取りで歩く私の手を優しく握るヒューイットもまた、青を基調とした正装に身を包んでいた。

 髪を整えているせいでいつもよりずいぶんと大人びているその姿は、いまだに見慣れない。


 私達は今、ある貴族の屋敷で開かれている夜会に参加している。

 受付で招待状を確かめている使用人にヒューイットが胸元から白い封筒を差し出す。使用人はそれを恭しく受け取ると、中身を確かめた。


「ヒュー・メルバさまと……リィ・ロンさまですね。お待ちしておりました」


 礼儀正しく挨拶してくれる使用人に笑いかけながら、私は誰だそれは!とお腹の中で突っ込みを入れた。




 事の起こりは、あの夜まで遡る。


「私がヒュー君のパートナー?」


 ビルクの言葉に呆然とする私とは反対に、ヒューイットは目を三角にして勢いよく立ち上がった。


「隊長! どういうつもりですか!?」

「どういうつもりもなにも、単純なことだ。恐らく、あの男は二度と俺には会わないだろう。騒動の気配を嗅ぎ付ければすぐに姿を消す用心深さもだが、そもそも商談にすぐ逃げられそうな下町の店を指定したあたり、最初から俺を疑っていたのかもしれない。ならば次はもっと連中が好みそうな客を用意するしかないだろう」

「それが俺ってことですか?」

「ああ」


 どこか意地の悪そうな顔でビルクが大きく頷いた。


「これまで他の団員を潜入させたが、貴族らしからぬ態度すぎて全然釣れなかったろうが」

「それは……」

「お前はスタン伯爵家の令息だ。夜会慣れしてないとはいえ、貴族のいろはくらいは身についているだろう。それに若いから、連中のターゲット像にぴったりだ」

「ですが、リメルをパートナーにというのは納得できません!」


 私を見つめるヒューイットの視線が不安そうに揺れている。

 心配でたまらないというように歪む表情は幼い頃と何も変わらない。


「このお嬢さんは、あの男の声と特徴を記憶している。何より元ご令嬢ならマナーだって申し分ないから夜会のパートナーにするには最適だろうが」

「でも、危険です!! 隊長みたいに一人で……」

「俺の件で警戒したなら、ひとりでフラフラしている男性招待客には寄ってこない可能性がある。これまでの被害者の多くは、ペアの女性がいた。女にいいところを見せようとしている男はチョロイからな」

「う……」


 ヒューイットはまだ何か反論しようとしているが、うまく言葉が出てこないのだろう。

 短く唸って私とビルクの間で視線を彷徨わせている。


「お嬢さん、さっきできることならなんでもするって言ってくれたよな。無理を言っているのは承知だし、一般人であるお嬢さんを巻き込むのは俺としても本意ではない。だが、事情があって俺たちは犯人を早く捕まえないと困るんだ。どうか協力してくれないだろうか」

「それは……」


 ちらりとヒューイットに視線を向ければ、駄目だとその表情が物語っていた。

 だが。


「わかりました」

「なっ! リメル!!」

「私、協力します!」


 私があの場にいたことでヒューイットは職務を放棄した。

 その責任を取らされ、何らかの処罰を受ける可能性があるとしてもこの話を受ければ少しは軽くなるかもしれない。手助けできるのならば、手助けしたかった。


「リメル! お前、何を勝手に」

「これは私にも関わりがあるお話よ。叔父様を騙した犯人を捕まえることができれば、我が家だって再興できるかもしれない」

「……!!」


 ヒューイットの表情が変わる。

 本音を言えば、それは建前でしかない。

 もう一度貴族令嬢になりたいと思っているわけではないが、スタン家の人達が私の未来を気にしてくれているのは知っていた。

 家の再興を願うなら協力は惜しまないと、折に触れては声をかけてくれていたのだ。

 私がそれを望んでいると知れば、きっとヒューイットは断れない。優しさに付けこむ言い方になってしまったのは悪いとは思うが、どうしても手伝いたかった。


「……お前が、そこまで言うなら」

「ヒュー君!」

「でも、危ない事は絶対にするな! 絶対だぞ!!」

「うん!」

「よし。話は決まりだ」


 私達の会話が終わると同時に、ビルクが大きく手を叩いた。


「お嬢さんの実家が騙された時と同じ犯人なら、連中はある程度稼いだら一定期間姿を消すのかもしれない」


 その言葉に私は大きく頷く。

 4年前、叔父様を騙した犯人はどんなに捜しても手がかりさえ掴ませなかった。

 もし同じ犯人グループなら、今回もいずれは姿を消してしまうだろう。


「善は急げだ。忙しくなるぞ」


 にやりと笑ったビルクの表情はどこか獰猛な獣めいた迫力があり、私は少しだけ早まった選択をしてしまったかもしれないと感じた。

 そして。




「まさかこんなに早く夜会に参加するだなんて驚いたわ」

「ある程度、連中が狙いそうな夜会のアタリはつけていたからな。その中で一番時期が早かったものを選んだんだろう」

「そっかぁ」


 寄りそって歩きながら声を潜めて言葉を交わす姿は、傍からみれば恋人同士の語らいに見えるのだろうか。

 今の私とヒューイットは偽名を使ってある貴族の夜会に潜入している。

 ちなみにドレスに始まる衣裳小物全てはビルクとヘザーが用意してくれた。

 久しぶりに着るドレスは落ち着かなかったが、やはりこういう場所に来ると教え込まれた貴族令嬢としての血が騒ぐのか、自然と背筋が伸びる。


「まさかこんな形で夜会デビューすることになるとはねぇ」


 感慨深くなって呟けば、隣にいたヒューイットが息を呑むのがわかった。

 私はデビュタントを経験しないままだ。本来ならば、叔父の借金が発覚したその年に社交界にデビューをするはずだったのだ。

 借金を返すために財産の殆どを手放さなければならなかった我が家に私のデビュタントに関わる費用を捻出する余裕はなかった。

 いつか必ずと両親はずっと言ってくれていたが、結局そのいつかは来ないままに没落。

 身に着けたマナーもダンスも披露しないままに人生を終えると思っていたのに。


「不思議よね。まさかこんな形で夜会に参加して、隣にヒュー……がいるだなんて」

「……ああ」


 うっかり『ヒュー君』と呼びかけるのを堪えながら笑いかければ、ヒューイットもまた微笑み返してくれる。

 ある程度呼び間違えても誤魔化せるように実名に似た偽名を用意してもらったのは助かるが、逆に少しだけ気恥ずかしい。

 いっそまったく知らない名前のほうが素直に呼べたかもしれないのにと、少しだけビルクが恨めしい。


「歩きにくくはないか? ヒール、久しぶりだろう」

「ちょっと窮屈だけど大丈夫。でも本当に見つかるかしら、犯人」

「ここ最近の夜会は俺たちが目を光らせているから、犯人たちはカモを捕まえられてない筈なんだ。だから俺たちがちゃんとやれば、きっと引っかかる」

「……うん」


 責任重大だと私たちは顔を見合わせ大きく頷き合う。


「最後にもう一度確認するぞ。俺たちは……その、最近ようやく婚約がきまったこっ、恋人同士だっ!」


 やけにしどろもどろな口調のヒューイットの顔が赤くなる。

 きっと姉同然の私と恋人同士という設定が恥ずかしいのだろう。


「だから、俺はお前がすっ……惚れこんでるって演技をだなっ」

「私はそれに甘えて、ちょっと我儘な女の子を演じればいいのよね。任せて!」


 ちょっと傲慢な女の子の演技はヘザーから伝授してもらった。

 周囲がちょっと困るくらいにくっ付けばいいと言われたのを思い出し、私はヒューイットの腕にしがみつくようにして身体を密着させる。


「っ!」


 ヒューイットの身体がびくりと震えて固まってしまう。

 やはりやり過ぎたかなとおもったが、腕を振り払われることはない。


「ヒュー、よろしくね」

「……ああ」


 どこか大人びた顔で微笑みかけられ、演技の筈なのに胸がどきりと高鳴る。

 私の手を包むようにそっと置かれた大きな手は、少年のそれではなく大人の男性の手で。


「行こうか、リィ」


 本当に愛されているような、そんな錯覚をしてしまうほどに甘い声で呼ばれ、私は夢を見ているような気持ちのままに頷いたのだった。


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