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03.飲み屋での騒動

 

「え、どうして……?」


 信じられない思いで目を丸くして、私は思わず口を覆っていた布を外す。

 ヒューイットの服装はいつもの騎士服ではなく、ずいぶんとラフなものだ。羽織っているローブも質素なもので、この姿ならば誰も彼が伯爵家の令息で騎士だなんて思わないだろう。


「何やってるんだ! 夜働くなって言っておいただろう!」

「今日だけ頼まれたのよ。キッチンだけだからって」

「じゃあなんでホールにいたんだ」

「……料理を運ぼうと思って」

「……」


 ギロリと睨まれて思わず身をすくめてしまう。

 自分だって夜に出歩いているじゃないかと言いたくなったが、到底そんな軽口で誤魔化せる雰囲気ではない。


「酔っ払いがうようよしているところに出ていくとか本気か!?」

「ちょっとだけのつもりだったんだってば」

「絡まれかけていただろうが」

「うう……」


 そう言われてしまえば反論の余地はない。


「だいたいお前はどんくさいんだから接客業なんて無理なんだよ! い、家で大人しくしてればいいんだ」

「そこまで言わなくたっていいじゃない。それに、普通に暮らしていくには働かなきゃだめなのよ? 家でのんびりなんてしてられないわ」

「だからっ、その……」


 やけに歯切れの悪い口調になったヒューイットが視線を泳がせている。

 その目元がほんのり赤い事に気が付く。もしかしたら少しお酒を飲んでいるのかもしれない。


 ちらりとヒューイットが座っていたらしい方向に目を向ければ、今の彼と同じようなローブを羽織った人達が座っているテーブルが見えた。

 もしかしたら同じ騎士団の人達と飲みに来ていたのかもしれない。そこで私を見かけて、助けてくれたのだろう。


(……なんだかんだと本当に優しいのよね)


 その気遣いに胸が温かくなるが、怒られるまでの謂れはない。


「とにかく。助けてくれたことは嬉しいけど、もう大丈夫。キッチンからは出ないから」

「あたりまえだ! 帰りも送っていくから絶対に一人で帰るなよ!」

「大丈夫よ、ヘザーが馬車で送ってくれるって言っていたから」

「駄目だ。俺が送っていく」

「ええぇ」


 どこまで過保護なのかと私は眉を下げる。


「もう、いくら騎士だからって私ばっかりに構わないで……あ!」


 騎士、という言葉に私ははっとする。そうだ、ヒューイットは守護騎士団の一員だ。


「ねぇ、ヒュー君! あの席の二人を見て」

「え?」


 私はヒューイットのローブを軽く引いて、さっきまで私がいたホールの方を指さす。

 そこではさっきの帽子の男と黒ローブの二人がまだ話し込んでいた。


「あの二人を見て!」

「ん!?」


 何故かヒューイットがびくりと震えた気がするが、私はとにかく事実を伝えなければとヒューイットのローブを掴んでその顔を引き寄せる。


「お、おい!」

「とにかく聞いて。あの帽子の男の人、あれ叔父様を騙した詐欺師だわ」

「なっ! 本当か!?」

「本当よ。私、一度だけ叔父様を騙した男を見ているの。あの声と耳の傷、間違いないわ」

「耳の傷……?」


 ヒューイットがそれを確かめようと目を凝らすが距離があり過ぎてわからないらしい。

 確かにここからでは二人の輪郭をとらえるのがやっとだ。会話の内容も騒がしいホールにさえぎられてほとんど聞こえない。


「ねえどうにかできない? 叔父様の件はもうどうしようもないとしても、あのローブの人は絶対騙されているのよ」

「……うーん」

「ヒューイット?」

「……」


 返事がないので疑問に思い顔を上げれば、想像以上にすぐ近くにヒューイットの顔があった。

 その距離感に私は思わず息を止める。


「!!」

「っ……ごめんなさい」


 慌てて顔を逸らすが不意打ちの驚きで顔が熱くなる。

 久しぶりに間近で見つめたヒューイットの顔立ちは、すっかり大人の男性だったしあまりに整っている。

 動揺しては駄目だと思うのに何故か心臓が痛いほどに高鳴ってしまった。綺麗というのは時に毒だなんて思う。


「いや、おれこそ……なあリメル、あの男は大丈夫だからお前は気にするな」

「え?でも……」

「頼むからお前はとにかくキッチンにいてくれ。後でちゃんと説明する」

「……」


 そう口にするヒューイットの声も表情もいつもからは信じられないくらい真剣なものだった。

 どうしてと問い詰めたいのに、上手く言葉が出てこず私はこくりと頷くしかできない。


「じゃあ、ちゃんと後で説明してね」

「ああ……それじゃああとで……」


「ちょっとやめなさいよ!!」


「「!!」」


 突然響き渡った甲高い声に私とヒューイットは弾かれたように顔を上げ、声の主を探す。

 すぐにわかった。ホールのほぼ中央で、大柄な男性客が誰かに絡んでいる。


「へザー!」


 明らかに酔った男性客が配膳をしていたらしいヘザーの腕をがっちりと掴み、自分の方へと引き寄せようとしていた。

 周囲の客も男性客の仲間なのだろう。ヘザーを助けるどころか、いいぞもっとだと囃し立てている。明らかに調子に乗って、ヘザーを玩具にしようとしているその光景に胸がきゅっと詰まった。なんてひどいことをするんだろう。

 止めなきゃ、と咄嗟に駆けだそうとしたとき私の腕をヒューイットが掴んで押しとどめる。


「ヒュー君!?」

「俺が行く。お前はここにいろ」

「……!」


 ヘザーに絡む男性客を睨みつけるヒューイットの表情はまるで親の仇を見つけたような鋭さに満ちていた。

 その横顔に、私はヒューイットが思う相手はやはりヘザーなのだと確信してしまう。

 安心すると同時に胸の奥がずきりと痛む。大切な友人と大切な弟が幸せになるのは嬉しいはずなのに、自分だけが仲間外れになっているような寂しさ。

 だが今はヘザーの一大事だ。自分の気持ちに酔っている時ではない。


「お願い……!」

「ああ」


 大きく頷いてくれたヒューイットの頼もしさに涙が出そうだった。


「ここは楽しく酒を飲む場所だ。騒ぐのはやめてもらおうか」

「イデデデデ!!!!」

「!?」


 ヒューイットがホールに踏み出そうとしたその時、誰かがヘザーに絡んでいた男性客に近づきその腕をひねりあげた。

 解放されたヘザーがよろめきながら床に座り込む。

 男性客は涙目で自分の腕をねじりあげている人物を睨みつけていた。


「なんで」


 それはさっきまで帽子の男と話をしていた黒いローブの男だった。

 何が起こったのかわからず私がきょとんとしていると、同様に驚いて立ちつくしていたヒューイットが「あの人はもう!」と苛立った声を上げる。

 え? 知り合いなの? と私がヒューイットと黒ローブの人を交互に見比べていると、男性客の仲間らしい他の客たちが「なんだてめぇ!」と声を上げて立ち上がり始めている。明らかにホールの空気が変った。


「まったく……リメル! 絶対にそこを動くなよ!!!」

「え? え?」


 私が目を丸くしている間にヒューイットがローブで顔を隠してホールに駆けだす。

 同時にヒューイットと同じローブを着ていた人達も立ち上がり、男性客の友人たちの方へと駆け寄って行く。


「大丈夫!?」


 私はヘザーに駆け寄り立ち上がらせる。

 店を切り盛りしているとはいえヘザーは私とそう歳の変らない女の子だ。きっと怖かったろう。細かく震える身体をぎゅっと抱きしめれば、ヘザーもしっかりとしがみついてくる。


「リメル……どうしたら……って……?」

「え……うそ」


 てっきり大乱闘になっていると思って視線を向けた先では、なんと男性客たちはすっかり叩きのめされ床に折り重なるようにして積み上げられていた。

 ほんの数秒目を離しただけなのに、いったいどうした事だろうか。


「ったく……騒ぎを起こしてくれやがって」

「隊長、駄目です逃げられました」

「チッ……!」


 隊長と呼ばれた黒ローブの男が大きく舌打ちした。

 彼等の周りに集まった灰色のローブの男性たちは何やら妙にテキパキと動いており、明らかに素人ではないのがわかる。


「どういうこと……?」


 首をかしげている私達に黒いローブの男性が近づいてくる。

 彼が頭にかぶっているローブを外せば、現れたのは黒髪に青い瞳の男性だった。男らしくも整った顔立ちには絶妙な色気があり、私は思わずあんぐりと口を開けてしまう。隣では私同様にヘザーが呆然とした顔をしている。

 その横には気まずそうに眉を寄せているヒューイットが立っていた。


「ヒュー君……?」

「……説明させてくれ」


 どこか力なく呟くヒューイットに、私とヘザーは顔を見合わせるしかなかった。

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