22.本当はずっと
ヒューイットに抱えられ屋敷に戻った私を、アニーやメイド長が泣きながら出迎えてくれた。裏門で倒れていた人たちからも涙ながらに謝罪されたが、私は彼らをちっとも恨んでいない。むしろ、誰も大きな怪我をしていないことを教えられ嬉しかった。
「よかった。みんな無事でよかった」
「お嬢様~! 私のせいでごめんなさい!」
泣きじゃくるアニーを抱きしめ、私も少しだけ泣いた。
私が連れ去られた後、アニーたちはすぐに騎士団に使いを出してくれたらしい。それだけではなく、総出で私を乗せた荷馬車の行方を追ってくれたそうだ。そのおかげで、ヒューイットたちはあの廃墟をすぐに見つけることができた。
アニーやメイドたちは私を恩人だと言ってお礼を言ってくれたが、私にとっても彼らは間違いなく恩人だった。
翌日。大した怪我もない私だったが、後からショックで熱を出す可能性もあるからと寝台から出ることを禁じられたままになっている。
心配のしすぎだと見舞いに来たヒューイットに不満を伝えたが、しばらくは外出もダメだと言われてしまった。
せっかく事件が解決したのに、まだ軟禁生活は続くらしい。
ビルク率いる騎士たちに拘束されたコルベールは全員、牢獄へと輸送されたそうだ。騙され巻き込まれただけと無実を訴え抵抗するものもいたが、大半は捕まったことで心が折れたのか大人しくしているらしい。
あの廃墟の地下室からは、数十名の若い女性や子供が発見された。コルベールたちはこれまでも詐欺を働いた街から離れる際に誘拐を繰り返していたらしい。今回、助けられた人たちは全員無事に家族の元に帰ったと聞かされて私は胸をなで下ろした。
「あいつらは最後の商品として最初からリメルを誘拐するつもりだったらしい。貴族の女は高く売れるからって。ずっと屋敷を見張ってたんだ。護衛の数が一番少ないタイミングを狙われた」
帰宅したヒューイットから教えられた情報に、私は体を震わせる。
つまりコルベールたちは懐中時計を盗まれ客に逃げられた後、商品となる女性たちを誘拐しつつ、ずっと私がいた屋敷を見張っていたのだ。その執拗さに背筋が凍る。本当に最悪の犯罪者たちだった。
「仕事を邪魔された意趣返しもあったんだろう……本当に、許せない」
憤りを抑えきれない様子のヒューイットに手を伸ばし、疲れのせいか少しだけ痩せた肩を撫でた。
「もういいの。全部終わったんだから」
「……うん」
コルベールは5年前に叔父を騙した罪についても認めたらしい。
叔父から奪ったお金は残ってはいなかったが、犯人が見つかったことで無効になった契約も多く、いくらかの家土地や財産が返ってくることになった。
元通りとは行かないだろうが、贅沢をしなければ家族揃って静かに生活することは可能だろう。
「ヘザーにも心配かけちゃったし、元気になったら挨拶に行かないとね」
私の笑顔にヒューイットがこわばっていた表情を少しだけ緩める。
ふう、と短い呼吸を吐き出し、言葉を選ぶように伏せる姿はなんだか大人っぽい。
この騒動で、私たちの関係は本当に大きく変化してしまったのだと気がついた。
「今回の件で俺たち騎士団が表彰されることになったんだ」
「すごいじゃない!」
嬉しい報告に私が声を明るくすれば、ヒューイットの表情も和らぐ。
今回、コルベールたちが貴族から巻き上げたお金は無事に被害者たちの元に戻った。中には手に入れた宝石の方が高価だから補償を断った家もあったそうで、残ったお金は誘拐された被害者たちのケアに使われることが決まったらしい。それを提案したのは他でもないヒューイットだと聞いて私はとても驚いた。
「俺、もしあのときリメルを助けるのが間に合わなかったら一生悔やんでたと思う。誘拐された人たちやその家族も絶対苦しんでる筈だ。伯爵家からも支援できないかって相談してる。ビルク隊長も手伝ってくれそうだ」
「そう」
なんだか涙が出てきた。ヒューイットは騎士としても人間としても大きく成長した。立派になったなぁという感慨で胸がいっぱいだ。
「それと……リメルにも王家から報奨が出ることが決まった」
「わっ、私に!?」
ヒューイットはどこか得意げな笑顔を浮かべた。
「当然だろう。リメルはコルベールの特徴を記憶してくれていた大事な証人だし、調査に協力してくれた。何より、奪われていた懐中時計をあいつから取り戻したのはリメルだ。それに連中の隠れ家が見つかったのも、言ってしまえばリメルのおかげみたいなものだし」
「さすがに最後のはこじつけが過ぎるわ……」
「でも、リメルの誘拐がトドメになったのは間違いない。もしあいつらがリメルを諦めてたら、あのまま逃げられてたかもしれないし」
「うーん」
そこまで言われると否定しきれない。
「でも報奨だなんて。一応聞いておくけど、私、何をいただけるの」
「爵位だ」
「は?」
「正確には君のお父上が手放した子爵位になる。リーム家は再び子爵を名乗ることを許された」
「え、えぇ?」
私が目を丸くして固まれば、ヒューイットがまるで褒めて! と言わんばかりに顔を輝かせる。
「言ってたじゃないか。コルベールが捕まれば、リーム家を再興できるかもしれないって。リメルも望んでたんだろう?」
確かに言った。あのとき、私が協力するのを嫌がったヒューイットを納得させるために。だが、まさか本当になるなんて思ってもいなかった。
私の困惑に気がついたのか、ヒューイットが不安そうに眉を下げる。
「リメル。これで君が不安がっていた立場の違いはなくなった。貴族令嬢に戻る君の純潔を奪った俺は、君に求婚する義務だってある」
ヒューイットが、行き場をなくしてさまよっていた私の手を掴んだ。
その指先が。細かく震えているのが伝わってくる。
「……ううん、嘘だ。義務なんかじゃない。俺がそうしたいんだ。ずっとリメルが好きだった。家族に向けての気持ちとは全然違う。一人の女性として、俺はリメルを愛してる」
緑の瞳が真剣な目で私を見つめていた。呼吸がうまくできなくて、頬に熱が集まっていくのがわかった。
戸惑いと歓喜で胸が苦しい。
「仕事としての恋人役だとしても、リメルと夜会に参加してダンスができて嬉しかった。本当の恋人みたいに一緒にいられて、ずっと言えなかった褒め言葉だって言えて。あの日、媚薬に溺れたのは嘘じゃないけど、リメルだったから止まれなかった」
紡がれる言葉に胸が苦しい。私も全部一緒だと心が叫んだ。
ヒューイットのまっすぐな告白に、私がこれまで積み上げてきた言い訳が全部ボロボロと崩れ去っていく。
「リメル、結婚しよう」
「……はい」
自然と溢れた返事に、ヒューイットの瞳が丸くなる。それから、くしゃりと泣きそうに顔を歪ませ、私の手を掴む手に力を込めた。
「いいのか」
「あなたが好きよ、ヒューイット。本当は、私もずっと好きだった」
「……!」
ヒューイットが私をきつく抱きしめた。私を包むたくましい腕や厚い胸板、そして優しい彼の匂いに目の奥が熱を孕む。
「私ね。ヒューイットみたいな素敵な人に自分は似合わないってわかってた。でも離れたくなかった。だから、あなたの『姉』でいればずっと傍にいられるかもって」
「っ、馬鹿っ! 何でそんなこと思うんだよ!」
「本当に馬鹿よね。あの日、ヒューイットにキスされるまで、自分の気持ちにも気づいてなかったの。ごめんね。そして、好きでいてくれてありがとう」
「うん……うん」
「愛してるわヒューイット」
もう二度と離れないと伝えるようにその背中に手を回し、抱きしめ返した。
「リメル」
甘い声に顔を上げれば、ヒューイットが私を見つめていた。
ゆっくりと近づいてくる顔に逆らわずに目を閉じれば、優しいキスが降りてくる。
そうして、私たちは長い遠回りを経てようやく心を通わせたのだった。




