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02.遭遇

 

 朝の開店準備から、夜の開店準備までの間が私の勤務時間だ。

 ヘザーもなんだかんだと過保護なので夜のお客さんが来る時間にはあまり私を居させたがらない。


「早く帰るのよ。薄暗い中うろうろさせたって知られたら私があのお坊ちゃんに怒られるわ」

「もう、ヘザーったら。みなさん、おつかれさまでした」


 笑いながら私は他の店員たちに挨拶をして店を出る。

 頬を撫でる夕方の風はうっすらと夜の匂いをまとっており、家路を急ぐ人達であふれる街並みは騒がしい。


 このメラルダ王国は元々小さな小国だったが、国境を流れる運河を活用する流通が盛んになったことにより近年ずいぶんと栄えた国だ。

 ここ最近では遠い異国の技術や品物が入ってくるようになったこともあり、いろんなことが目まぐるしく変わっている。

 女性が家にいるのが当然だった時代は終わりを告げ、ヘザーのように自分で商売を始める女性だって珍しくない。


 私もいずれはヘザーを見習い、何か商売でも始めて身を立てていくべきかなんて考えることもある。

 没落貴族の娘という肩書きは思いのほか重く、没落した家の娘が貴族に縁付くのはほぼ不可能だし、逆に平民の男性は元貴族という女性をあまり歓迎しない。

 早く結婚して両親を安心させたいと思うものの、新しい出会いの中から信頼にたる人間関係を築いて事情を説明し理解してもらったうえで結婚を前提としたおつきあいするという手間を取らなければならないのは、果てしなく面倒くさい。

 一瞬気が重くなりかけるが私はさっと空を見上げて気持ちを切り替える。


「まあ、なんとかなるでしょ」


 それは私の口癖だった。元は父の口癖でもある。

 子爵家の令息に生まれた割に父は妙に庶民的かつ能天気な考え方をする人で、叔父が借金を抱えて逃げ込んできたときも、家を売り払わなければならなくなった時も「なんとかなるだろう」と笑っていた。

 実際、多少苦労する結果に落ち着いたがなんとかなった。私も両親も姉達も収まるべきところに収まってそれなりに平和な日常を過ごせている。

 貴族令嬢だった頃の華やかさが恋しくないかと言えば嘘になるが、今の暮らしだってそう悪くはない。


 ただ一つだけ不便だと思うのは、住まいが遠くなったこと。

 元々住んでいた屋敷は首都の中心街にあり、どこに行くにも不便が無かった。

 だがその屋敷は既に人手に渡っており、今は両親と共に首都の端っこにある小さな借家に身を寄せ合って暮らしている。


「ただいま、お母様」

「おかえりなさいリメル。今日もご苦労様だったわね」


 玄関を開ければ満面の笑みで母が迎え入れてくれた。

 その横には布の山。手先が器用な母は、刺繍などの内職をばりばりとこなしてくれている。

 没落した時に最も心配だったのはお嬢様育ちの母のことだったが、住めば都とでもいうように今の母は生き生きと暮らしていた。


「すぐに食事にするわね」

「ありがとう」


 ヘザーの食堂で働くうちに身に付いた料理の腕は家族の食事状況にも大きく貢献してくれている。

 幼いころからの友人であるヘザーは我が家が没落したと知った時に真っ先に駆けつけてくれて、色々と手を回してくれたものだ。

 出稼ぎに出ようとする私を引き留め、自分の店に雇い入れてくれたことが感謝してもしきれない。

 それに。


「そういえば、少し前にヒューイット様が来てくれたわ。何か困ったことはないかって」


 嬉しそうに笑いながら、母は果物が詰まった籠を見せてくれた。ヒューイットの土産らしい。

 どうやらヘザーに店を追い出された後、わざわざここまで訪ねてきたことをしり、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「お前が夜はちゃんと家にいるか、なんて変な事を聞くのよ。相変わらず、ヒューイット様はお前に懐いているわねぇ」

「刷り込みってやつなのかもね。小さい頃はずっと一緒にいたから……」


 ヒューイットと私が顔を合わせたのは、私が7歳。ヒューイットが4歳のときだ。


 その日、私は両親や姉たちと共にスタン家に招かれていた。普段は着せてもらえないような綺麗なドレスに身を包み、我が家よりも豪華で大きなスタン家にいる自分はまるでお姫様になった気持ちだった。


「ヒューイット。皆様にご挨拶を」

「ようこそおこしくださいました」


 奥様の影に身体を半分だけ隠したヒューイットが舌ったらずな挨拶をした瞬間、私はなんてかわいい子なんだと大興奮した。

 自分が末っ子ということもあり、自分より小さな子というのが純粋に珍しかったのものあるのだろう。

 私はすぐにヒューイットに夢中になり彼に色々と話しかけた。

 最初は私を警戒していたヒューイットだったが、時間が経つにつれてだんだんとその表情が明るくなっていくのがわかった。


「ヒューイット様、一緒に遊びましょう」

「……うん!」


 はにかみながら私の手を取ったヒューイットの愛らしさを私は今でも覚えている。

 驚くことに人見知りで他人とあまり話したがらないというヒューイットは私には何故かすぐに懐いてくれて、それを喜んだ奥様に頻繁に家に招かれるようになった。そしていつしか公認の遊び相手として私は少女期の殆どをスタン家で過ごしたのだった。

 兄弟のいないヒューイットにとって、私は友人であり姉であり家族なのだ。

 だから、こうやってなにかと気にかけてくれている。

 その優しさが本当に嬉しいが、同時に心配でもあった。


「いつまでも私に構ってないで、早く大人になってくれればいいんだけど」


 ヒューイットはもう十分に大人だ。今日久しぶりに触れてそう強く感じた。

 いつまでも子供のままではいられない。


「私も弟離れしなきゃだめかな」


 出来ればずっと繋がっていたいなんて思っていたが、そろそろ潮時なのかもしれない。

 昼間、ヒューイットに捕まれた腕をさすりながら私は、もう一度溜息を零した。





「リメル! 本当は嫌なんだけど……ど~~~~してもお願い!!」


 出勤して顔を合わせて早々、ヘザーが半泣きで抱き着いてきた。

 ただならぬ様子に理由を聞けば今日の夜に突然大きな宴会の予約が入ったそうで人手が足りず、私に手伝ってほしいのだというのだ。


「もちろんいいわよ。気にしないでいつもお世話になっているんだから当然よ」

「ありがとう!! あ、でもキッチンから出なくていいからね。配膳はこっちで担当するから絶対よ」


 酔っ払いの相手なんてさせられないわと真剣な表情で言うヘザーに苦笑いしてしまう。

 実家への連絡はヘザーが買い出し係に言づけてくれるというので、私はその言葉に甘え仕事に集中することにした。

 その日は昼間もなかなかに盛況で、夕方の仕込みも宴会の準備があることからなかなかな作業量だった。

 忙しければ忙しい程に時間はあっという間に過ぎて行き、気が付けばすっかり日が暮れ宴会の時間。


「こっちにも酒を頼む」

「つまみはまだかー!」


 昼間の穏やかなざわめきとは真逆の喧騒につつまれた店内は活気にあふれている。

 アルコールの匂いと様々な料理の匂いが、人々の熱気で混ざり合いまるでお祭りのような雰囲気だ。

 ヘザーの言う通り自分には配膳係は務まらなかっただろうなと驚きながら、私は必死に料理を作り続けていた。


「これ、できました!」


 大皿に盛りつけた料理をカウンターに置いて声をかけるが、ホールで働く人々はみな忙しいらしく料理を運ぼうとする気配はない。

 折角の料理が冷めていくのを眺めているのは心苦しく、私はちょっとだけだからという思いでキッチンから出る道を選んだ。

 今の私は、髪に油やアルコールの匂いを付けないためターバンで頭と口元を覆っているし、調理用の大きなエプロンをつけている。パッと見は性別がわからない格好なのでさっと料理を運んでしまえば、絡まれる事もないだろう。


「おまたせしましたー!」

「おう! やっときたか!!」


 体格のいい男性ばかりのお客さんが囲んでいるテーブルに料理を運べば、彼らは沸き立って料理を受け取ってくれた。

 うまそうだとフォークを伸ばすその姿に、充足感が胸を満たす。


(急いで戻らなきゃ)


 うっかりその食べっぷりに見惚れかけたが、キッチンから出ているところを見られたらヘザーに見つかったら怒られてしまうと私は慌てて踵を返した。

 だが。


「ええ、この宝石はまだカットされていない原石ですがその価値は計り知れません」


 不意に耳に届いた声に私は思わず足を止めた。

 様々な人達がそれなりに大きな声で話している中で、その声はやけにはっきりと耳に届いたのだ。


(今の声……あと、この会話って)


 ざわざわと嫌な予感が胸を満たす。

 視線を動かし声の主を探せば、それらしき人物はすぐに見つかった。

 店内で一番端にある二人がけのテーブル。一人はやけにかっちりとした服を着た男性で店内だというのに帽子をかぶったたままだ。もう独りは黒いローブを頭からかぶっているが体格からして男性なのだろう。

 帽子の男がローブの男にしきりに何かを話しかけている。そっと体をずらして帽子の男を観察すれば、横顔がはっきりと見えた。


「……!!」


 私の身体からザッと血の気が引くのがわかった。


(あれは叔父様を騙した詐欺師……!)


 忘れもしない五年まえの夏。まだ羽振りのよかった叔父の家に遊びに行ったとき、来客があった。

 姉たちと庭で過ごしていた私は、部屋に忘れ物を取りにもどった帰りに客間の前を通った。その時、扉が少しだけ開いており中の会話が聞こえてきたのだ。


『これはまだ市場に出回っていない貴重な宝石の原石です。研磨して加工すればその価値は計り知れません』

『しかしみてくれはただの石ではないか……さすがにそんなものに金は出せんぞ。宝石加工師にツテなどないしなぁ』

『ご安心ください。最初の加工はこちらで行って宝石を納品しますから』

『うーん』


 商売の話かとその時はあまり深く気にしなかった。

 叔父は爵位を継がなかった代わりに祖父からそれなりの財産を相続しており、それを元手に手広く商売をしていた。儲け半分損半分といった半分道楽のような商売だったらしいが、生活を傾かせるようなやり方ではなかった。

 扉の隙間から見えた叔父と話す商人らしき人物は品のよさそうな顔立ちをしているが、耳の形に少しだけ傷があったのが印象的だった。


 そしてその一年後、叔父は巨額の借金を抱えることになってしまう。

 宝石の先物取引を持ちかけた男は、最初はきちんと利益を出してくれていたらしい。

 最後の最後は金脈があると噂される鉱山がある土地を、財産をなげうって買ったそうなのだが、ふたを開けてみればそれは他人の土地。

 商人は悪辣な詐欺師だったのだ。


(あの時の犯人だわ……どうすれば……)


 父や叔父は当然被害届を出したが、結果として犯人は見つからずじまいだった。

 かなりの大金をせしめたので首都を離れて、異国にでも逃げたのだろうかと思っていたのに。


(騎士団へ……ううん、証拠がないわ。それよりも、このままじゃあのローブの人が騙されてしまう)


 どうすればいいのかと私はその場から動けずにいると、酔っぱらったらしいお客さんが私にきがついたらしく「飯はまだか!」と声を荒らげた。


「ひ、あ、すみません」

「ん? なんだ、男かと思ったら姉ちゃんかよ。じゃあ酌でもしてくれよ」

「困ります!」


 うっかり声を出してしまったことで女と気付かれてしまい、男性客が私の腕を掴もうと腕を伸ばしてくる。

 だがその寸前で、誰かが私の方を掴んで後ろへ下がらせてくれた。

 そしてその誰かは酔っぱらった男性客がきょとんとしている間に私を引きずってキッチンの方へ歩いていく。


「えええ……?」


 首をひねってそれが誰かを確かめようとするが、灰色のローブを頭からかぶっているため正体がわからない。

 先ほどとは違った恐怖で声が出ないままに、キッチンとホールの間にある小さな隙間に身体を押し込まれてしまった。

 怖い、と身をすくませローブの人を見上げる。


「あの……?」


 叫んだ方がいいのだろうかと私が怯えていると、その人はローブをするりと外した。

 現れた顔に私は目を丸くする。


「ヒュー君……」

「お前……何やってるんだよ!」


 不機嫌を絵に描いたような顔をして私を見下ろすのは、なんとヒューイットだった。


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