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19.切なる告白


 重い空気の馬車から出られると、見知った顔の騎士が出迎えに来てくれていた。

 ヒューイットの同僚だという彼は、ヒューイットと一緒に何度かヘザーの店にも来てくれていた。パメラとのやりとりで疲れていた心が、少しだけ軽くなる。


「久しぶり、リメルさん。ヒューイットたちが待ってる。行こう」

「はい」


 一度だけパメラに視線を向けたが、彼女は私を見ようとはしなかった。

 私からこれ以上何か言う必要はないだろうと考え、私は案内されるままに詰め所のなかに入っていく。

 長く入り組んだ廊下をしばらく歩いた後、大きな扉の前で足が止まる。


「リメルさんをお連れしました」

「入れ」


 中から聞こえたのはビルクの声だ。内側から扉が開けば、真正面にヒューイットが立っていた。


「リメル!」


 嬉しそうに私を出迎える顔に、自然と頬が緩んでしまう。

 久しぶりのヒューイットの姿に心が勝手に浮かれてしまった。


「ヒュー君。私を呼び出すなんていったいどうしたの?」


 平静を装い、ちょっと怒った顔をして問いかければ、ヒューイットはうっ、と言葉を詰まらせる。


「急いで来いって言うから、着替える暇もなかったのよ」

「ごめん……こっちもちょっとバタついてて」


 しゅん、とうなだれる姿にすぐに許したくなるが怒っているという態度は崩さないでおく。


「まあまぁ。俺が急がせたんだ、そいつを責めてくれるな」

「ビルク様」


 ヒューイットの後ろから近づいてきたビルクが苦笑いを浮かべていた。


「とりあえず中で話そう」

「はい」


 招かれるままに入った室内には、ビルクとヒューイットの他には誰もいない。

 広い部屋の中、無駄に大きな机を囲むようにして椅子に座る。


「さて。君を呼んだのは他でもない。今後について話すためだ」

「はい」

「本当は俺たちが屋敷に戻るべきだったんだろうが、忙しくてな。時間が惜しくて君を呼びつけた。先に謝っておく。すまなかったな。代わりと行っては何だが、君が気を遣わないように女騎士であるパメラを送迎役に命じたんだ」

「リメル、パメラの態度は問題なかったか? 新人だがなかなか有能な奴なんだ」


 悪気のなさそうな二人の様子を見るに、パメラのことを本気で信頼して私を連れ出す役目を託したのだろう。

 彼女とのことを話すべきかと考えたが、すぐに打ち消す。


「ええ。大丈夫でしたよ」

「そうか。なら本題に移ろう」


 ビルクがいつもとは違う真面目な顔を見せた。ヒューイットの表情もまた、真剣だ。


「君が取り返してくれた懐中時計は間違いなく本物だった。傷もなく、無事にあるべきところに戻ったよ。おかげで俺はまだしばらくこの騎士団の団長でいられそうだ」


 それが王太子の元なのか、それとも違うところなのかは私にはわからない。

 だがビルクの口調から彼らがかけられていた圧力からは解放されたことがわかった。


「だが、コルベールは姿を消した。潜伏しているだけなのか、すでに他の街に逃げたのかはわからない状態だ」

「俺たちが戻った後、すぐに検問を敷いたから遠くに逃げたとは考えにくいが足取りはつかめていない。仲間らしき連中も全員だ」


 ビルクとヒューイットの語る言葉を私は静かに聞いていた。

 予想していたことだが、コルベールたちに逃げられた、という事実が重くのしかかる。

 私が勝手な行動をしたせいで、犯罪者たちをみすみす取り逃がしたことになるのだから。


「だが、君たちのおかげで連中の詳細な手口がわかったのは幸いだった。あの後すぐに貴族連中に異国からの商人に気をつけろという通達を出したんだ。商人登録を済ませていないからと現金で取り引きを望まれた場合は詐欺の可能性が高いとな」


 そういえばコルベールはそんなことを言っていた。手続きに必要な書類が届いていないから登録ができないと。


「案の定というか、同じ文句を使った異国の商人と取り引きしたという貴族が数名見つかった。取り引き直前だった貴族もいて随分と感謝されたよ」

「商品を買ってしまった人たちもいたんですか?」

「ああ。だが、大半は金額に見合ったものかそれ以上の価値を持つ商品だった。つまりは詐欺の第一段階だったんだ」


 にやり、とビルクが悪い笑みを浮かべる。


「おそらく、俺との取り引きが失敗したから早く国内での仕事を終わらせようと一度に動きすぎたんだ。連中の儲けは赤字で間違いない」

「赤字……」

「獲物を釣るための餌をバラ撒きすぎたんだよ。きっと今頃は大慌てだろうぜ」


 ククッと肩を揺らすビルクの表情は騎士というより悪辣な政治家のような顔だった。


「これは俺の予感だが、連中はまだこの街にいるはずだ。ああいう手合いは順調なときは慎重だが、いざ何か起こるとボロを出すパターンが多い。最後に何か一儲けしてからこの場を去ろうと考える可能性が高い」


 なんだか難しい話になってきた。困ったようにヒューイットを見れば、彼はビルクの話を真剣に聞いていた。きっと感じるものがあるのだろう。


「そんなわけで俺たちはしばらく警戒を緩めるわけにはいかない。表向きには連中を取り逃がしてしまった風を装うが、奴らが次に何かをしでかす前に捕まえるつもりだ」

「なるほど……でも、どうしてその話を私に?」


 状況は理解したが、自分が呼ばれた理由がいまいちわからない。


「リメル嬢にはもうしばらくあの屋敷に隠れていてもらいたいんだ。本来ならば、もう解放してやりたいところだが、君が普通に街で暮らしていて連中に遭遇してしまう可能性は高い。護衛をつけることも可能だが、悪目立ちはしたくないだろう?」


 ただの平民である私に護衛騎士が着いて歩く光景を想像し、あり得ないなと素直に頷く。


「いつまで、と期限を明確に約束できないことは申し訳ないが君の安全を守るためでもある。理解してくれるだろうか」

「……もちろんです。この状況は私が招いたものでもありますから、受け入れます」

「助かるよ。君の友人にも俺からきちんと説明しておく」

「ヘザーにですか?」

「ああ。君は無事かと何度か問い合わせがあってね。頻繁に状況報告を強いられている」

「ヘザーったら……」


 友人の優しさに頬が緩む。横目で捉えたヒューイットもまた、ヘザーの名前が出た瞬間、少しだけ顔をしかめていた。


(やっぱり、ヒュー君はヘザーのことが……?)


 心に黒いものがこみ上げそうになり、私は急いで首を振る。


「リメル。お前の自由を奪う形になって本当に済まない。でも、全部終わったらきちんと責任を取るから」


 責任。その言葉に体がずんと重くなった。

 それは何の責任なのだろうか。


「というわけで、また送らせるから屋敷に戻っていてくれ」

「わかりました」


 頷きながらも、またパメラと過ごさなければならないのかと考えると少しだけ気が重くなる。あれだけ言ったのだから、これ以上絡んで来ることはないだろうがめんどくさいことには変わりない。


「帰りは俺が送るよ」

「ヒュー君」


 立ち上がったヒューイットがエスコートするかのように私に手を伸ばしてきた。

 その姿に胸がぎゅっと苦しくなる。


「それがいい。お前も話したいこともあるだろうしな」

「感謝します。いこう、リメル」

「……うん」


 いっそ、パメラの方がよかったかもしれないと思いながらも私はヒューイットの手を取った。


 長い廊下を再び歩きながら、私はヒューイットの横顔を盗み見る。


(やっぱり、今はっきりさせとくべきよね)


 問題を先送りにしてこのまま苦しむのはもういやだった。ビルクの言葉通りになるのなら、ヒューイットと腹を割って話せる機会はしばらく来ないかもしれないのだ。


「ねぇ、ヒュー君」

「なんだ?」

「その、結婚のことなんだけど……」


 ピタリとヒューイットが足を止めた。

 私も足を止め、ヒューイットに向き直る。


「ヒュー君は……責任を取らなきゃって思ってるから私と結婚しようとしてるんでしょう? だったら、だめよそんなの。ヒュー君には未来があるのよ。私なんかと結婚するなんて、だめよ」


 もっとうまい言い方があったろうに、焦る心がうまく言葉を紡がせてくれない。


「あの日は薬のせいで混乱してたの。私たちは仲のいい家族だったじゃない。親愛と愛情をちょっと勘違いしただけだわ。あれは事故だったの。責任なんて取らなくていい」


 必死だった。ヒューイットの枷になりたくない一心だった。


「今の私はただの平民よ。たとえ……その、乙女でなくても結婚はできるわ。探せば、きっとそれなりに釣り合いが取れた方が」

「なんだよそれ」

「え」


 地を這うような低い声に驚く。私を見つめるヒューイットからは表情が抜け落ちていた。

 無言で近づいてくる圧に耐えかねて後ろに下がれば、あっという間に壁際に追い詰められる。

 ヒューイットが私を囲うように壁に両手をつけた。


「お前に釣り合いが取れる男って何だよ。探すって……俺じゃない奴と結婚する気なのか」


 怒っているのがわかった。緑の瞳が昏く燃えて、私を見下ろしている。


「お前はどんな男が理想なんだ。教えてくれよ、お前が望む男になるから」

「ヒュー君、急にどうしたの……ねぇ、落ち着いて」

「嫌だ。俺はリメルがいい。なんでわかってくれないんだよ。勘違いなんかじゃない。俺の気持ちを信じろよ」


 近づいてくるヒューイットを押し返したいのに、腕に力が入らない。

 彼の胸に添えるだけになってしまった指先が、何かに怯えるように震えた。


「リメル。今は俺のことを好きじゃなくてもいい。絶対に幸せにするって約束するから、お願いだから俺を選んで」


 泣きそうな声で告げられた愛の告白に、私まで涙が出そうになる。

 ゆっくりと覆い被さってくるヒューイットの体は熱くて拒めない。


「リメル」


 唇をくすぐるヒューイットの吐息に応えるように、私は目を閉じてしまった。


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