13.私にできること
横に座っているヒューイットがぎょっとした顔をしているが、私はそれを無視してあくまで無邪気なふりをしてねだるような笑みを作った。
「あなたがあの夜、ヒューに見せていた懐中時計を見せて頂戴」
「懐中時計ですか……?」
「ええ。今、巷では男性向けの小物を身に着けるのが流行っているの。あなたが持っていたもの、品がよさそうだったから参考にしたくて」
おねがい、としなを作ればコルベールが苦笑いを浮かべた。
テーブルの下では、ヒューイットが私の腕を軽くゆすってくるが無視を貫く。
「なるほど……」
「あの日、私からではよく見えなかったの。お願い、少しでいいから」
「かわいいお嬢様のお願いは断れませんな……どうぞ、ご覧ください」
断られる覚悟だったのに、コルベールはためらうことなく腰ポケットから小さな懐中時計を取り出して差し出してくれた。鈍い銀色に光るそれに、ヒューイットの目が見開かれるのがわかる。二人してのぞき込めば、それは小さいながらもすべて銀でできているようで、繊細な細工と眩しいほどの輝きに包まれていた。見るものが見れば超一級品なのがよくわかる品だ。
「素敵ね……それは売り物ではないの?」
「お譲りしたいのはやまやまなのですが、これを譲ってくださった方と大切にすると約束してしまいましたからね。申し訳ありません」
「あら残念」
唇を尖らせてみるが、コルベールは軽く笑って懐中時計をすぐにズボンのポケットに大切そうに戻してしまう。
それが持つ本当の意味を知らないのだろうが、価値ある品であることはわかっているに違いない。
身分を偽っていたとはいえ、王太子殿下ともなれば身なりや振る舞いから高貴な人間だということは伝わっていたはずだ。だからこそ、コルベールは自分が信頼できる商人のあかしとしてあの懐中時計を「取引でもらった」と自慢しているに違いない。
(というか、本当のことを知っていたらおいそれと人には見せないよね)
これまで、あの懐中時計の意味を知るような客には巡り合っていないのだろう。それはヒューイットたちのことを考えれば幸運だ。もし、社交界でそのことが話題になれば大騒ぎになるだろうし、捜査を任されている騎士団にだってお咎めがあるかもしれない。
(なんとしてでも、取り返さなくちゃ)
「ねぇ……」
「それでは、明日またこの店で会うということで問題ないか」
「はい、もちろんですとも。また個室を押さえておきます」
「頼んだ。こちらも安くはない金を払うんだ。しっかりと品物は持ってきてくれよ」
私の言葉を遮ってヒューイットはコルベールとの会話をはじめてしまった。
口を挟もうとしても、私が何か言うよりも先にヒューイットが喋ってしまい、あうあうと口を動かすばかりになる。
「では、また明日」
あっというまに話が付いてしまったらしく、コルベールが一礼して先に部屋を出て行ってしまう。
「まっ……!」
追いかけようとした私の腕を、ヒューイットが思い切り掴んだ。
同時にドアが完全に閉まってしまい、コルベールの姿は見えなくなる。
「ヒュー君!」
「どういうつもりだリメル!」
「っ!」
私を見下ろすヒューイットの顔は険しくて、とても怒っているのがわかる。
そんな表情をされたことがない私は、驚きと恐怖で固まってしまいどうして止めたのだと怒れなくなってしまった。
「余計なことは言わず、おとなしくしていろと言ったはずだ。どうして懐中時計のことなんか聞いたんだ」
「だって……」
「だってじゃない! 下手な動きをしてアイツに警戒されたら台無しなんだぞ。わかっているのか!」
「う……それは」
指摘されて、私はようやく自分が余計なことをしてしまったことに気が付く。
早く懐中時計を回収しなければと思うあまりに、先走ってしまったと。
「とにかく、今日あいつを捕まえられないと合図しなければ。出るぞ」
「……うん」
叱られたことに落ち込む暇もなく、私たちは急いで部屋を出た。
途中、店内に潜入していたらしい仲間にヒューイットが何かを言づけていた。会話をする二人の苦々しい表情に、体温が下がっていくのを感じる。
話し込んでいるヒューイットを残し廊下を速足で走りぬけて入り口のホールにたどり着けば、コルベールは今まさに店を出ようとしていた。
店員からコートを受け取りながら会釈をするさまは、本当にただの紳士にしか見えない。だが、その横顔からはっきりと見える耳の傷跡が、あの男がかつて叔父をだましたという事実を明確に伝えてくる。
(そいつは詐欺師なのよ!)
声を大にして叫びたいとすら思った。でも、そんなことをすれば逃げられてしまう。
「うう……」
明日、またうまくいくとは限らない。私が下手な質問をしてしまったせいで警戒して、次の取引には懐中時計を持ってこないかもしれない。
なんて馬鹿なんだろうと自分が情けなくなって、涙がにじんだ。
「あの、お客様」
「え?」
突然声をかけられ振り返れば、先ほどの女性店員が背後に立っていた。
申し訳なさそう顔をした彼女が手に持っていたのは、手袋だ。
「先ほどのお連れ様がお部屋にお忘れだったのですが……」
「!!」
私は店員にありがとうと声をかけ手袋を受け取る。そして、店の外に出ようとしている背中に向かって声をかけた。
「コルベールさん!」
「……はい?」
その声に、コルベールが足を止めゆっくりとこちらを振り返った。その時見せた一瞬の表情は、あの個室で相対していた時とは全く違う冷たく冷めたものに見えて私は足がすくんでしまう。でもここでたじろぐわけにはいかないと、少し早足でコルベールに近づく。
「おや、お嬢様でしたか。何かまだ御用でしょうか?」
声をかけた主が私であるとわかった途端、コルベールの表情や口調が和らぐ。その変わり身の早さにうすら寒いものを感じながらも、私は笑顔を作って手袋を差し出す。
「こちら忘れていましたわよ」
「これは私の……ああ、うっかり忘れていました! わざわざすみません」
コルベールは差し出された手袋を見てわざとらしいほど驚き、深々と頭を下げてきた。
手袋を受け取りながら、私の顔をじっと見つめてくる。
「……ところでお嬢様。以前私とどこかでお会いしたことはございませんか? どうにも見覚えがある気がするんですが」
「……!」
顔色を変えずに済んだか自信がなくなるほどに、心臓が大きく跳ねまわる。
叔父の家を訪ねていたコルベールとは顔を合わせてはいないが、屋敷の中ですれ違うくらいはしたかもしれない。ヘザーの店で働くところを見られていた可能性だってある。
動揺を噛み殺しながら、私は何とかすねたような表情を作ることに成功した。
「あらいやだ。そのような口説き文句を言われるほど私、安っぽい女ではありませんわよ」
「これは失礼しました。お嬢様があまりにお美しいので、錯覚でもしたのでしょう」
「まあ、お上手ね。その言葉に免じて許して差し上げるわ」
「それはありがたい。それでは失礼いたします」
コルベールはさっと身をひるがえし私に背を向けた。
(今しかないっ……)
「きゃあっ!」
「おっと!」
私はわざとワンピースの裾を踏み、前のめりに倒れ掛かった。ちょうど目の前のコルベールの背中にぶつかるようにだ。
案の定、コルベールは私を背中で受け止める体勢になってよろめいてしまう。
「お客様、大丈夫ですか」
「おやおや、こまったお嬢様ですね」
駆け寄ってくる店員と苦笑いを浮かべるコルベールに支えられ、私は何とか体勢を立て直す。
「おほほ。うっかり裾を踏んでしまったわ……恥ずかしい」
恥じらいながら両手をこすりあわせてうつむけば、周囲からやれやれといったため息が聞こえてくる。
「気を付けてくださいね。それでは」
「ええ、ごきげんよう」
今度こそ本当にコルベールは店を出ていく。
その背中を見送りながら、私は握りしめた両手に強い力を込めたのだった。




