12.2度目の対峙
昼時を過ぎたというのに、かの店は人気店だけあってたくさんの客が出入りしている。
ヘザーの店は大衆向けだが、ここは完全に高級志向なのがよくわかる。調度品や店員の身に着けているものまで気を使っているのが伝わってきて、緊張に興味が勝ってしまう。
「リィ、はしたないよ」
「あ……ごめんなさい」
前のめりになりかかっていることを指摘され、私は慌てて背筋を伸ばす。どこで連中が目を光らせているかわかったものではないのだから、貴族令嬢らしく振舞わなければと気を引き締めた。
「ご予約のお客様でしょうか?」
店内に一歩足を踏み入れれば、恰幅のいい男性店員が出迎えてくれた。人好きしそうな笑顔に、こちらも思わずつられて微笑みたくなるくらい明るい雰囲気をまとっていて好ましい。
「人と約束していてね。コルベールという客は来ているかな」
「コルベール様ですね、少々お待ちください」
店員が私たちに頭を下げると、てきぱきとした様子で何かを確認しほかの店員に声をかけている。
ほとんど待たされず、今度は小柄な女性店員が案内役として近寄ってきた。人気の理由がよくわかる、客を待たせないスムーズな接客だ。思わず演技のことを忘れ見惚れてしまう。
「お連れさまは8番の個室でお待ちです。ご案内いたしますね」
私とヒューイットは顔を見合わせると、小さく頷いて店員の後に続き歩き出す。
絨毯の敷かれた店内は足音すら響かない。案内される最中に前を通ったほかの個室から声が漏れ出ている様子もなかったので、防音扉が利用されているのだろう。人に知られたくない相談をするのにはもってこいの店だ。
店員が足を止め『8』と書かれた扉をノックした。
すると内側からドアが薄く開く。その隙間から顔をのぞかせたのは紛れもなくコルベールだった。
「お連れさまがおいでです」
「ああ、ありがとう」
あの夜同様ににこやかな態度で女性店員にチップを渡しながら、コルベールはドアを大きく開け私たちに視線を向けた。
「ご両人ともよく来てくださいました」
「約束した以上、話を聞くのは当然だろう」
「ええ、私もあなたのお話にはとっても興味があるの」
わざとらしいほどに身を寄せ合って高慢さをにじませた言葉遣いをすれば、傍にいた女性店員が一瞬だけ目を丸くするのがわかった。だが、さすがにしつけられているのかすぐに表情を取り繕い、私たちに一礼するとその場を去っていった。
コルベールの方は私たちのことを理解しているからか、うんうんと満足そうに頷きながら私たちを個室に招き入れてくれた。
部屋の中は広くはないが狭くもなく、4.5人で囲むことができる大きな丸テーブルが中央におかれているだけのシンプルな造り。
相手はコルベール一人で彼はドアを背中にした席を自分の場所と定めているようで、すでに中身が半分ほどに減ったカップが机に置かれているのが目に入る。
「まずはお座りください」
窓を背にする席を指示され、私たちは二人並んでコルベールと向き合うように腰を下ろした。
「まずはもう一度ご挨拶を。私はコルベール・ヤイルと申します。主に宝石などの貴金属を取り扱った商売をさせてもらっているものです」
「ほう。あの場では家名は聞かなかったが、今日は名乗ってくれるのだな」
「もちろんですとも。商売の場で、嘘はつきませんから」
微笑むコルベールは裏の顔があるなど信じられないほどに紳士然とした微笑みを浮かべている。
「で、今日はどんな品を見せてくれるんだ? 言っておくが、俺はそれなりに目が肥えている。彼女もだ」
ヒューイットの言葉に私はなるべく優雅に見えるように大きく頷く。
コルベールは私たちを見比べると、さらに笑みを深くした。一瞬だけ、その瞳が鈍く光ったような気がして背筋がうすら寒くなる。
「わかっておりますとも。お二人はずいぶんと親密な関係のようですし、きっと満足いただける品を用意できると思いますよ」
ずいぶんと含みのある言い回しに、感情が逆撫でされる気分になった。
きっとこれまでも、こうやって言葉巧みにいろいろな人をだましてきたのだろう。叔父のように。
私が内心で怒りを燃やしていることに気が付いていないコルベールは、隣の席に置いてあったトランクを机の上におくと、もったいぶった手つきでその蓋を開いた。
「それは?」
「大変貴重な石を使ったネックレスでございます」
トランクの中には黒い布に包まれた小さな箱が入っていた。コルベールは両手でそれを取り出すと、私たちに見せつけるようにゆっくりと布をはぐ。中から現れたのは緑色の石をあしらったシンプルなネックレスだ。その輝きや透明度は、間違いなく高級な品であることが素人の私にもわかった。
「今は緑に見えるこの石は夜になれば赤く変わるという希少な品になります。一粒で二通りの彩を楽しめるという何とも不思議なこの石は、国によっては幸福をもたらす宝玉として崇められているほどなのですよ」
にこにこと自慢げに語るコルベール。私はその不思議な石の魅力に抗えない気分で、ネックレスを見つめた。ヒューイットも同じようで、じっとネックレスを見つめている。
「これは本当に希少な石でしてね。本来ならば好事家向けにオークションなどにかけられるのですが……お二人のようなかわいらしいお客様に幸運をお分けするのも我々商人の役目だと思っております。もしよろしければ、お譲りしたいと……」
「なるほど……いくらだ」
「ヒュー!?」
迷う様子もなく商談を進めようとするヒューイットに私は思わず素に戻って声を上げてしまう。
ヒューイットは一瞬だけこちらに視線をよこしたが、私を無視するようにすぐにコルベールへと視線を戻してしまった。
「おや。ずいぶんと乗り気ですね! 大変ありがたいことです。そうですね……」
コルベールは嬉しそうに頬を緩ませながら懐から紙とペンを取り出すと、さらさらと数字を書いていく。
「本来ならばこの価格が適正といったところでしょう。ですが、お二方がこの石を大切にしてくださるということでしたら、この価格でどうでしょうか」
「……!」
最初に書かれた金額は、私が貴族令嬢だったころでも手が出せなかったであろう程の高値だった。だが、その下に書かれた価格は少し無理をすれば買えないほどではない金額だ。なるほど絶妙だと私はつばを飲み込む。
「ふむ……悪くないな。今は手持ちがなくてな。支払いは小切手でいいか」
「いやはや……! お話が早くて助かりますといいたいところですが、実は私はまだこの国で商人登録を済ませていないので小切手でいただいても換金ができないのですよ」
「なに?」
ヒューイットの表情が鋭くなる。私も驚きで声を上げないようにするのでやっとだった。
商人登録をしていないことを理由にコルベールを捕まえる算段だったのに、まさか自分から告白してくるなんて。
コルベールの考えが読めず、私たちは混乱したまま目の前の宝石とコルベールを見比べる。
「実は手続きに必要な書類を母国に忘れてしまいましてね。明日には部下が持ってきてくれる予定ですので、それからすぐに手続きを済ませる予定なのです。本当はお二人に会う前に済ませてしまいたかったのですが」
申し訳ありません、と深々と頭を下げる姿に私もヒューイットも顔を見合わせるしかなかった。
「ですから、正式な取引は明日ということでどうでしょうか。それならば代金を用意する時間はあるのでは? ああもちろん小切手でも構いませんが、その場合は換金後に品物をお渡しする形でご容赦ください。なにぶんにも希少な品なので」
「……!」
あくまでも無邪気なコルベールの言葉に首筋がぞくりと震えた。つまりは小切手ではなく、金を持って来いと言っているのだ。おそらく、商人登録をするというのは嘘八百。明日の面会ではこの後すぐに登録しに行くのだとうそぶいて、私たちと商売をしてしまおうという算段なのだろう。
(なんて卑怯な)
冷静に考えれば、コルベールの言っていることのおかしさに気が付くはずだろう。
だが、コルベールが狙うのは世間の常識に疎い若い貴族たち。非日常的な場所でこんな風に商談を持ちかけられれば、彼の言葉に浮かされてしまうのかもしれない。それだけコルベールの話術は巧みに感じられた。
加えて、素直に状況を白状したコルベールを捕まえる理由がなくなってしまう。登録をしていなくても商談すること自体は違法ではない。金銭の取引をする話まで完了していればいい話だ。
このまま捕まえようとしても、正式な罪状がなければ逃げられてしまう可能性がある。
「なるほどな……まあいいだろう。明日の午後であれば金は用意できる」
「ありがとうございます、では明日の……」
「その前に一つ、よろしいですか」
「!?」
話を閉めようとしていたコルベールの言葉を私は慌てて遮った。




