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11.決意の理由

「リメル、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。心配しすぎだよ」


 顔に不安と書いてあるヒューイットに渾身の笑顔を向けて、私はちいさくこぶしを握り締める。

 今日はとうとうコルベールに指定された日だ。場所は市街地にある高級志向のレストラン。貴族だけではなく少し裕福な市民たちにも扉を開いている、新しい店だ。

 当然、騎士団の面々はその店を事前に調べたが、店自体に怪しいところはなかった。これは前回のヘザーの店の時と全く同じなので、店自体に仕込みはないのだろう。

 今度は逃げられないように出入口のすべてには見張りがいるらしい。


「絶対、捕まえようね」


 今日で終わりにする。そう意気込む私に、ヒューイットはなぜか複雑そうな表情をしていた。


(大丈夫よヒュー君。絶対に成功させてみせるから)


 私は人知れずそう決意していた。



 昨夜。決行前夜の興奮でなかなか寝付けなかった私は、あたたかい飲み物をもらおうと部屋を抜け出して廊下を歩いていた。

 もう誰もかれもが寝静まっている時間だから、自分でやろうと誰にも声をかけなかったのだ。

 薄暗い廊下の先、わずかに漏れ出る光に誰かが起きている気配を感じた。通り過ぎるべきだったのだろうが、なぜか気になってしまったのだ。


「……では、やはり間違いないのか」

「はい。この図録と寸分違わぬ代物でした。短期間でレプリカを作れるとも思いませんし、本物でしょう」


 部屋の中で会話をしているのはビルクとヒューイットだった。

 小さなランプを置いた机の上を二人は真剣に見つめている。


「どうやら自分の身分証代わりに持ち歩いているようでした。おそらく、あれの真価を知らないのでは」

「だろうな。さすがに詐欺師には手に余る代物だ。ややこしい事態を想定していたが、この様子なら思ったよりも早く事態が解決するかもしれん」

「俺も驚きました。まさか探し物にあんなに早く巡り合えるなんて」


(探し物……?)


 いけないとわかっていたが、どうしても話の内容が気になって私は扉に張り付くようにして二人の会話に聞き耳を立てた。


「幸運だったとしか言いようがないな。あの懐中時計だけでも奪還できれば最悪の事態は回避できるだろう」


 肩をすくめながらビルクが口にした言葉に私は首をひねる。懐中時計とは何だろうと記憶をさかのぼれば、あの夜会でコルベールが私たちに見せた小さな懐中時計の記憶が蘇った。


「あ……!」


 思わず手をたたきそうになるのをすんでにこらえ、私は慌てて自分の口をふさぐ。

 そっと部屋の中を見れば、二人は私には気が付かなかったようで胸をなでおろした。


「確かに。あの男が懐中時計を身に着けたままなら、捕まえてしまえばいいだけだ」

「ああ。しかし王太子殿下にも困ったものだ。まさか先代陛下の形見である懐中時計を代金として差し出すなんてな」

「身分を偽って夜会で遊び歩いているだけでも大問題なのに、王太后さまから賜ったものを商人に渡すなんてありえませんよ。大丈夫なんですか、我が国は」

「言うな。陛下たちも頭を悩ませている問題だ。俺たちのような下々が口出しする問題じゃない」


(王太子……? 形見……? 何の話?)


 二人の会話から聞こえてきた単語を聞き取りながら、私はますます首をひねる。

 そういえばこの捜査が始まったそもそもの理由は、とあるやんごとなき身分の被害者が詐欺グループに家宝を渡してしまったのを取り返すためだといっていた。

 話をつなげて考えれば、そのやんごとない身分の人物とは王太子殿下で、家宝というのはあの懐中時計。しかも先代の国王陛下が持っていた大切なもの。


(そんな重大事件だったの!?)


 あまりのことに血の気が引いていくのがわかる。

 てっきりどこかの成金貴族が間違って高価な品を取られてしまったくらいだと思っていたのに、物が王家に関わるともなればただごとではない。

 騎士団が私のような元貴族令嬢に協力を求める理由がようやくわかった。


「来週開かれる舞踏会に、殿下があの懐中時計を身に着けていなければ、王太后さまからあらぬ疑いをかけられることになる。俺たちの役目はそれまでに何としてでもあの懐中時計を奪還することだ」

「でも、いくらなんでも俺たちだけに任せるなんて酷い話ではありませんか。こういう任務は近衛の管轄なのでは?」


 聞こえてきたヒューイットの指摘に、私もこくこくと大きく頷く。

 騎士団はあくまでも市民や普通の貴族たちに関わる犯罪を取り締まるのが役目だ。王家には直属の近衛騎士団があるはず。どうして、ヒューイットたちの隊がこんな重要任務を任されなければならないのか。


「その点については悪いと思っているよ」


 どこか気落ちしたようなビルクの声が静かに響いた。


「ずっと前線に追いやられているはずの俺が首都に戻ってきたのが気に食わない連中がいるんだ。成功すればよし、失敗すれば俺を再び辺境に追いやることができるという算段なんだろう。お前を含め、騎士団の連中を巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っているよ」

「隊長……」


 沈んだビルクの声にヒューイットの切なげな声が重なった。私の胸までギュッと苦しくなるような告白だった。

 何のことかわからないが、ビルクも何か大きなものを抱えているのだろう。


「もし失敗したとしても、責任は全部俺が被る。お前は余計な心配せず、目の前のことに集中しろ」

「そんなわけにはいきません! これは俺たち全員の仕事です。何かあれば、俺だって一緒に責任を取ります」


 はっきりとそう言い切ったヒューイットの言葉が胸を刺す。

 ビルクの言葉が正しいのなら、この捜査に失敗したときヒューイットも辺境に左遷されてしまうかもしれない。


(そんなのだめよ)


 ヒューイットの夢は、首都を守護する騎士だ。それに彼には守るべき伯爵家もある。なにより、辺境に行ってしまえばそう簡単に会うことはできなくなるだろう。もし戻ってきたとしても、それは彼が家を継ぎ伯爵となるときだ。そうなれば、私とは二度と気軽に話すことなどできなくなる。少し先の未来の話だった現実が、あっという間に近づいてくる恐怖に体が震えた。

 まだ話している二人に気づかれないように私は足音を殺して部屋に戻る。

 眠気はすっかり覚めていたが、無理やりにでも眠るためにシーツにくるまりきつく目を閉じた。


「明日、絶対に成功させなきゃ」


 ヒューイットの夢を途切れさせたりなんかしない。

 そんな決意を抱えた私のやる気は十分だった。


 今日の私たちは夜会の時とは違い、品のいい仕立ての洋服を身に着けている。ドレスや貴族が身に着けるものよりは一段品を落としたものだ。貴族か成金の子供がお忍びで遊びに来ているという雰囲気がよく出ていると思う。


「とにかく、お前は黙って俺の横にいればいい。交渉はこっちでするし、仲間たちも潜んでいるからな」

「もう! そんなに口うるさく言わなくても大丈夫よ。ヒュー君こそ、冷静にね」


 そっとヒューイットの腕に自分の腕を絡ませる。

 びくりとヒューイットの体が震えた気がしたが、それを無視してしがみつくようにして体を寄せる。


「お、おい」

「いいじゃない、ヒュー。私たちは恋人同士なんだから」


 リメルではなく、ヒューの恋人であるリィとしての顔で私は微笑んだ。


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