07
「――アナタは誰ですか?」
「だ誰ってクロウだ」
「違います」
リエルは疑惑に疑いがない。
「言葉遣いがおかしいです」
「それは…」
「報告会のときの行動もいつもと違いました」
「そんなことは…」
「いつもならずっと触ってます」
「え?」
「おへそとかお腹とか胸とかおしりとか太ももとか、ずーーっと触ってます」
「……」
黙る稔。
「ほっぺたや、耳、唇に首筋、肩甲骨に腰も触ります。基本的にクロウ様の手が私の服の外に手が出てることなんて無いです」
無表情でとんでもないことを言い切るリエル。
「……」
頭が痛くなる稔。
「そ、それは、その……ええ、そういう気分じゃ無かった…とか?」
「報告会が始まる前はいつも通りでした」
「えー、ええ、あ、そうですか……」
「報告会が始まった時もいつも通りでした」
「ごめんなさい……」
「2人きりになっても服を脱がさないなんてことは過去一度もありませんでした」
「……」
そこまで言われて、稔はクロウとリエルのこれまでの関係を思い出してみる。
「……」
そして、吐きそうになって慌てて洗面台にしがみついた。
「うぇぇぇ」
確かに実年齢は30歳かもしれないが、ほんの10歳ほどにしか見えない少女にやることでは無い。
それに、エルフ種として考えれば、30歳など人間で言えばまだほんの子どもなのだ。
「さっきデルちゃんにお金を渡しました」
とてとてと近付いて、稔の背中をさすりながら話を続ける。
「??」
口を洗いながら訝しむ稔。
「お金を渡したことが無いとは言いません。言いませんが、その時は4日ほど何も食べれてなくて、みんなが土下座してお願いしました」
「……」
段々怖くなってくる稔。
「その時は、1人1枚の銅貨でした」
銅貨1枚。1食分のパンが買えるぐらいの金額だ。
「それも、手渡したりしません。地面に放り投げて靴で踏みつけてました」
記録を辿る稔。
「ああ…」
呻き声が漏れる。
記録を辿れば、その時の様子が思い出される。
クロウたちが遺物を探しにダンジョンへ潜ったときの話だ。
目標であるサーベルカイザータイガーを倒した帰り道、グラウとラフェエルの連携が少し上手くいかず、クロウが怪我をした。
ほんのかすり傷だが。
しかし、激怒したクロウは、仲間の持ち金の全てを取り上げたのだ。
土下座する4人を前にむしゃむしゃと肉の塊を食いながら見下ろすクロウ。
リエルは1人、少し離れた岩の上にちょこんと座ってそれを見ている。
初めは土下座で頼む仲間にに向けて銅貨を地面に放り投げただけだった。
迷わずグラウが飛び付き、『ありがとうございます!』と嬉しそうに礼を言った。
2枚目を投げる。
そして、こう言った。
『口で拾え』と。
ベンス、デル、ラフェエルの3人は固まった。
しかし、こういう時、率先して恥をかくのがベンスだ。
年長で面倒見のいいベンスが先ず泥を被る。ベンスをなぶって気が済めば、デルとラフェエルからは興味を失うこともある。
ベンスは地べたに顔を擦り付けて、なるべく浅ましく見えるよう金を咥えた。
クロウはそれを見てゲラゲラ笑っていた。
かなり上機嫌に見えたのでこれで終わるかに見えた。
しかし、クロウは足元に銅貨を落とした。
そして、それを踏み付けた。
「デル、次はお前だ」
ニヤニヤしながらクロウが言い放つ。
呼ばれたデルが、プルプル震える。
震えながら、くちびるを噛み締めて、クロウの足元にひれ伏す。
『できません』は通用しない。
『やっぱり要りません』も通用しない。
クロウに頼むということはそういうことだ。
「クロウ様、どうか足を避けて下さいませ」
額に土を付けながら頼む。
しかし……。
「自分でどかせよ」
嘲りを含んだ声音が降り注ぐ。
デルが足に手を伸ばそうとする。
「違えだろ! メスブタ!」
その手を踏まれる。
「痛っ!」
「口でどかすんだよ!」
「なっ!?」
「あぁん!?」
――ドカッ――
あまりの言葉に反抗しかけたデルに蹴りが飛ぶ。
「ふざけてんのか!?」
ドカドカと蹴り続ける。
「すみませんでした!」
必死に謝る。
「ふん、俺様は優しいからな、特別に顔も使っていいぞ」
「……」
「感謝の言葉がねえな?」
「ありがとうございます!」
クロウの靴に白い頬を擦り寄せ、足をどかそうとするデル。
その様を腹を抱えて笑うクロウ。
「気色悪ぃな」
ニヤニヤしながらクロウが足を避ける。
デルが土にまみれた銅貨を咥えようとしたその時。
「ぶっ」
デルの頭が上から踏みつけられる。
そのままグリグリと踏みにじる。
「惨めだなぁ! 聖女様ぁ!」
暴言を吐きながら、狂ったように笑うクロウ。
堪えかねたベンスが背負った剣に手をかける。
ラフェエルも魔道棒を構える。
「お? やんのか?」
デルの頭に足を乗せたまま腰の剣に手をかける。
「いいぜ! かかって来いよ! 俺に逆らうと、地獄を見るのはてめぇらだ。 分かってんだろ?」
ニヤニヤと余裕のクロウ。
ベンスの目が殺気を放つ。
ラフェエルの魔力が高まる。
「あひがほぉうごふぁひまふ」
「あ?」
一触即発の空気の中、デルの声が響く。
足元に目をやる。
足をどけると、綺麗な顔を泥まみれにしたデルが、泣きながら歯を食いしばって礼を繰り返す。
「ふん、つまらん」
興が覚めたとばかりに身を翻すクロウ。
「あ、クロウ様!」
グラウがクロウを追いかける。
クロウが遠くへ行ったのを見届けて、立ち上がるデル。
「ベンスさん、いつもありがとうございます」
ベンスに近付くと、その顔についた泥をハンカチで拭う。
その手は慈愛に満ちている。
「デル……」
ラフェエルが悲痛な声を出す。
「お二人とも、私のために怒って下さってありがとうございます。私は大丈夫です」
朗らかに笑うデル。
しかし、その目は赤い。
パンパンとローブについた泥を払い、顔を拭う。
「私のために無垢な皆さんの大切なものを失ってはいけません。そのためなら私なんて、なんてことないんです」
力強く前を見るその姿は、聖女と呼ばれるに相応しい、高潔さに溢れていた。