06
『さて、どうしましょうか』
頭の中でズラっと並んだ魔法文字をざっと眺め、危険度が低そうなものをピックアップしていく。
『む! これなんかおもしろいんじゃないでしょうか? ちょっとはこういう要素が無いとですね』
痛み増幅(微弱)をポチ。
『あっ! これとこれをこう組み合わせて』
思いつきでポチポチする。
『これでいいでしょう!ふふふ! ちゃんと魔法文字を読めば効果の程も分かりますし、組み合わせも簡単にできますね! さすが魔法です! 所々ムダがあるので、その辺は省いちゃって大丈夫でしょう』
額を突き出したまま、真っ青な顔で震えるベンス。
その横で杖を構えるデル。
ディスペルシールドを始め、様々な魔法防御呪文を唱え、アイドル状態のラフェエル。
「行きますよぉ!」
言うなり、デモンストレーションの時の優に5倍はあろうかという魔法陣が浮かび上がる。
「ま゛!?」
変な声が出るラフェエル。
「てい」
――ピシ――
中指の爪が軽い音を立ててベンスのおでこを弾く。
「……ん?」
それだけだった。
キョロキョロと周りを見渡すベンス。
「ベンスさん!?」
「大丈夫か!?」
「ああ……なんともなうっ! ぐあぁあああ!」
何ともないと言おうとした矢先、激痛が全身を駆け巡る。
ギシギシと体が軋む。
「ぐおぉおおお!?」
あまりの痛さに悲鳴を上げるベンス。
「ベンスさん!」
ヒールを飛ばすデル。
しかし、ベンスの悲鳴は止まない。
「なんだ!なんなんだよ!? この術式は!?」
ベンスの全身を走り回っている魔力を解析し、カウンターを探すラフェエルが悲鳴を上げる。
緻密で繊細にして強固な魔法が莫大な種類、見たことないほど複雑に絡みつき構成されている。
それでいて、一欠片の破綻もない。
芸術性すら覚える魔法だった。
カウンターの手がかりになる糸口すら見付けられない。
「えぇ!! そんなにですか!?」
余りの痛がりぶりに焦る稔。
もう一度、自分の放った魔法を見直す。
罰ゲームっぽいのは痛み増幅(微弱)だけだ。
『あれー? なぜでしょう? 止めた方がいいのかな……えーっと止め方は? うーん……あ、これ、ムリですね。1つ止めたら、他のが引っ張られて大変なことになりますね……。 どうしましょう? 私の見立ててでは肩こりとかが治るつもりだったんですが……』
「ぐはぉ、ハァハァ……」
苦しんだ時間は1分程だっただろう。
始まりと同じく、唐突に痛みが消える。
「ベンスさん!」
「ベンス!?」
「だ、大丈夫ですか?」
一緒に心配する稔。
「はぁはぁ……大丈夫だ…何ともない」
「良かった!」
「心配したぞ!」
「良かったです」
一緒に安心する稔。
――じーーっ――
「はっ!」
リエルの視線に気付き思い出す稔。
「はっ、やるじゃねえか。今回のペナルティはこれで終わりだ」
慌ててベンスから離れ、それっぽくどかっと椅子に座る。
「あ、あれぇ? クロウ様ぁ?」
四つん這いのままイスを続けていたグラウが戸惑う。
「はっ!」
思い出す稔。
「も、もう今日はイスはいいぞ! みな…お前らも解散だ解散!」
パンパンと手を叩いてごまかす稔。
「「「「「えっ?」」」」」
あまりにもあっさりな展開に驚く仲間たち。
「な、なんだよ! 飯でも食ってこい、飯でも」
言って、ポケットに入っていた小銭をパッとデルに渡す。
「「「「「えっ?」」」」」
意外な展開に驚く仲間たち。
「な、なんだよ! 足りないのか?」
「い、いえ、とんでもありません! 有難うございます!」
デルが慌てて礼を言う。
「あ、有難うございます!」
「ありがとうございます!」
ベンスとラフェエルも慌てて続く。
「お、おう!」
必死に悪ぶる稔。
「ほ、ほら、グラウも行きましょう!」
「えー? でもぉ……」
クロウとデルたちを交互に見やるグラウ。
「ほら、早くするんだ! クロウ様はリエルとのお時間だから」
リエルの無表情を見る。
「は! そうなのか!」
そしてワタワタと部屋を出ていく4人。
そして、リエルと稔の2人が残った。
全員追い出して、一息つくつもりの稔の算段が狂う。
「え? あれ? リエルさんは行かないんですか?」
「――」
じーーっと稔を見つめるリエル。
「な、なんですか?」
リエルの宝石のような青い瞳がかすかに揺らぐ。
「――アナタは誰ですか?」
◆◆◆◆◆◆
「しかし、驚いたな……」
いそいそと宿屋から出た4人は、食事をするべく市場へと向かった。
「これ、本物ですよね?」
渡された2枚の金貨をしげしげと眺めながら、デルが呟く。
「クロウ様は、優しい!」
グラウはニコニコしている。
「それは無いぞ、グラウ」
ラフェエルがグラウを窘める。
「……」
「どうしたベンス?」
「体は大丈夫ですか?」
考え込んだように黙って遅れて歩くベンスを振り返る2人。
「……あ、いや、大丈夫…というより」
「??」
「……体が軽い」
「は?」
怪訝な顔をするラフェエル。
「いや、軽いというのとは少し違うか? 動かしやすい」
「はい?」
首を捻るデル。
「ああ!確かに! ベンスの体がかたむいてないよ!」
グラウがピコンと耳を立てる。
「「「は?」」」
グラウに視線が集まる。
「ほら、ベンスは、昔の傷のせいで、少し右に体がかたむいてたでしょ?」
「そうなのか?」
「そうだよ! でも今は真っ直ぐ!」
言われて見れば確かに、いつもより右足が動かしやすい。
「……なんで突然?」
「……まさか!?……あれが!?」
ラフェエルが青くなる。
「どうしたんです?」
「い、いや、そんな、でも…」
「クロウ様のデコピンとかいうのの力じゃないかな?」
クリクリした目をキラキラさせるグラウ。
「そんなわ…」
「いや、可能性はある」
否定しようとしたデルを遮るラフェエル。
「さっき魔力解析をした時に、振子と天秤と思われる構成があった。職人魔法は詳しくないが…」
「はあ?」
「もしかすると……さっきの激痛は、体のバランスを整える際に骨格や筋肉が動いたからかもしれない」
「ええ!?」
「だとすると、デルのヒールが効かないのも説明がつく」
「つまり、あの痛みは、治療によるものだからヒールが効かないと? 確かに、ケガや病気による痛みでなければヒールは効きませんが…」
「ああ」
頷くラフェエル。
「意味がわからんぞ!」
「全体的に変でしたよね。なんだったんでしょう?」
「あの腐れ外道の考えることだから……何か裏があるはずだ」
想像してぶるりと震える3人。
「やっぱりクロウ様はすごい!」
グラウ1人だけ嬉しそうだった。