02
『この体の元の持ち主の名前はクロウ。勇者』
稔はその体の元の持ち主の事を知っている。
稔の記憶は稔のままなのだが、繰り返し観た映画の内容を覚えているように、クロウという人物の半生が分かった。
なぜこんなことが起こっているのかはさっぱり分からないが、何が起こっているのかははっきりと分かった。
魔物が蔓延り、剣と魔法で戦う【フェアテリ】と呼ばれるこの世界には、人類の大敵・魔王と呼ばれる存在があり、魔王とその配下により、常に命と文明は危機に晒されている。
その魔王に対抗しうる人類の希望こそが勇者と呼ばれる存在で、今代の勇者がクロウだった。
19歳になった今、歴代最強の勇者とも呼ばれている。
稔は今、5人の仲間に囲まれている。
稔の膝の上には、柔らかな金色の髪をした可憐な10歳ほどの美少女が座っている。
名前は〖リエル〗。
神族の末裔とも呼ばれるハイエルフの少女である。尖った長い耳と神秘的な青い瞳。
ハイエルフとしてはまだ幼いが年齢で言えば30歳だ。
稔から見て正面の左手にはスキンヘッドで筋骨隆々な大柄な中年の男が苦い顔で立っている。
名前は〖ベンス〗。
剣の国【カナード】で最大の勢力を誇る流派【グラゼル流】の師範を務める実力者、38歳。
その強面の顔には刺青が入っている。
彫られているのは、酷く卑猥な言葉。
知らない文字だが読むことができる。
正面には小柄な青年が立っている。青い髪、細い顎。すっきりと通った鼻筋が涼やかな美青年。
名前は〖ラフェエル〗。
天才の名を欲しいままにする魔道士だ。
クロウと同じ19歳。
一番右側には、むっちりと肉感的な黒髪の美女が立っている。
名前は〖デル〗。
フェアテリで最大の教徒数を持つ宗教【アフェレア教】の高級神官。
わずか16歳という若さで高級神官を拝命しているのには理由がある。
それは、使い手の少ない聖魔法を操る魔術師であること。更に数世紀ぶりに【聖女】の神託を授かった逸材だからだ。
しかし何をとち狂ったか正気を疑うような格好をしている。布というより紐という方が正しいような下着は、体をほとんど隠していない。
何故そんなことが分かるかと言えば、来ている服が向こうが透けて見える薄衣出できているからだ。
その薄衣すらも所々にスリットが入っており、衣服としての体をなしていない。
手には魔術師らしく杖を握っている。が、それもおかしい。なぜならその先端についている魔力を増幅させるための魔導体が先っぽが膨らんだ棒のような形状をしている。
着ている服と合わさると、張形にしか見えない。
そして、最後の一人はクロウの尻の下にいる。四つん這いになり、クロウのイスになっている。
名前は〖グラウ〗
数多の獣人族が集まって形成される共同国家【アサカゼ】の有力氏族である獅子族の族長の娘である。
艶やかな白い髪に、同じく白く長い尾、しなやかな肢体をしている。
20歳の割には幼さの残る顔立ちだが、好戦的な目をしている。そして頭の上にピョコンと獅子の耳がついている。
ベンス、ラフェエル、デルの3人は暗い顔をしている。
膝の上のリエルは無表情だ。
グラウは必死な顔をしている。
今は1日の成果を報告するミーティングの最中だ。
しかし、報告するべき3人は口を重く閉ざしたまま、喋ろうとしない。
ジリジリとした緊張感が満ち、空気すらも粘度を持っているかのようだ。
『えー……どうしたもんでしょう……』
稔は困っていた。
何故こんなに空気が悪いのかはよく知っている。
しかし、稔以外の仲間たちはクロウの中身が稔になっていることなど知らないし、そんな荒唐無稽な話など、想像だにしていない。
そのため、いつも通りのミーティングだと思っている。
「クロウ様、申し訳ございませんでした!」
口を開こうとした正にそのタイミングでベンスがその巨体を地面に投げ出し、稔の靴に縋り付く程の必死さで土下座をした。
「今回の【バレエザの洞窟】攻略は失敗しました! 全て私の責任でございます!」
部屋を震わせる程の大音声で必死に謝るベンス。
1000人を超える弟子を持つと言われる男の威厳や誇りなどかなぐり捨てた態度だった。
「全て私だけの責任でございますので! どうかペナルティは何卒、私だけに!! どうか!」
「な!? ベンスさん! 何を! ベンスさんだけの責任なはずがないではないですか!」
デルが慌てて、ベンスに取り付く。
「むしろ私です! 私の責任です! 私の責任ですので、ペナルティは私が受けます!!」
稔へと勇ましく詰め寄るが、顔は青いし、足は震えている。
「バカ! 嬢ちゃんは下がってろ! あんなマネ、もう二度とさせられるわけがないだろう!!」
庇われたベンスが、泡を食ってデルを止める。
「ベンスさんだって、これ以上何させられるか分かりません!」
必死に庇い合う2人。
戸惑った稔はふとラフェエルを見た。
「ひぇ…!!」
目が合った瞬間、ラフェエルは悲鳴を上げる。
「いやだ! もうペナルティはいやだ! やめてくれ! 許して!」
そして、頭を抱えてうずくまるとげえげえ吐きながら泣き出してしまう。
「ラフェエルさん!」
「ラフェエル!!」
庇い合っていた2人が今度は泣き出したラフェエルを宥める。
「お願いします! クロウ様! ペナルティは私が代わりに全て引き受けますので! どうか! ご慈悲を!!」
ベンスが必死の形相で訴えかけてくる。
「そもそもムリなんですよ!!」
ラフェエルを介抱しながら、デルが叫ぶ。
「デルっ!?」
ベンスが慌てて振り返る。
「アンタなっきゃっ!?」
ベンスがデルの頬を張り飛ばす。
「デル!てめぇクロウ様になんて口きくんだっ!!」
怒鳴りながら反対の頬も張り飛ばす。
「へへっ…クロウ様、申し訳ございません、へへっ、デルのバカがちょっと昂ってしまったようで」
無理矢理デルを黙らせると、振り返って媚びた表情を浮かべる。
『ど、どうしたらいいんでしょう?』
稔は困惑しっぱなしだった。