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「『剣先を指先のように扱う。すれば無意識でも体の望む動きができる』でしたね」
剣を自分の腕の延長と思い、意識を繋げる。
「あー、いい感じですね」
よく分からないが、剣の重みが消えたような感覚になったので出来てるということにする。
「振り下ろすと言うより、落とすように……腕も肩も力を抜いて、腰を落として体重を預ける……重心は剣の先、と」
――フィン――
剣先がかすむ。
「これを、横なぎにする……」
ブツブツと色んな達人が言っていたことを呟きながら、試してみる。
「踏み込みを鋭く……、重心は平行移動……跳ばない……こうですかね?」
迫り来る一体に盾を掲げてぶち当たる。
――ビフェヤァ!?――
クリムゾン・サッカーが弾き飛ばされる。
盾の一撃で体勢を崩し、剣を振るう。
ポロリと首が落ちる。
2手。
「踏み込むが鈍いか……強化してっと」
盾をぶち当てる。
「力みますね、弱化弱化……」
迫り来るクリムゾン・サッカーを相手に次々と試していく。
「ちょっと範囲が広い……」
「もっと繊細に……」
盾の衝撃でクリムゾン・サッカーが潰れる。
別方向から来るクリムゾン・サッカーを斬りあげる。
1手。
「この感覚ですね……」
「もっと細かく…」
「この使い方は覚えました……」
「ここの負荷を上げて……」
調律師が音階を揃えるように、繊細に繊細に体捌きを整える。
足元に折り重なるクリムゾン・サッカーの亡骸は、泥水によって押し流される。
「……」
稔はもうクリムゾン・サッカーを見ていない。
茫洋とした目が、見るともなく辺りを捉え、ブツブツと聞き取れない独り言を呟いている。
しかし、異様な見た目に反し、盾と剣は、まるで違う生き物のように別々に動く。
かすかな残光を残しつつ、流れるような滑らかさでクリムゾン・サッカーを屠っていく。
盾の一撃がクリムゾン・サッカーを弾き飛ばす。
先程と違い、破裂はしない。
しかし、弾き飛ばされたクリムゾン・サッカーが他のクリムゾン・サッカーに当たった瞬間――2匹まとめて弾け飛ぶ。
剣の一閃も一匹では収まらず、その隣やその後ろにいるクリムゾン・サッカーを2匹まとめて切り裂いていく。
一手二殺。
クルクルと滑る足さばき、体に合わせて振れる両手。
地面と天の間を1本の棒で繋いだように揺るがない姿勢。
それは、凄惨な殺戮でありながら、芸術を極めた舞踊のようであった。
休むことなく踊り続ける時間が2時間を超えた頃、水の揺らぎが収まるように、稔の動きが止まる。
壁際四方に積み上げられたクリムゾン・サッカーの亡骸は幾つあるのか……。
新しいモヤは現れない。
舞台を閉めるように、剣を鞘に納める。
「もう少しで何かが掴めそうだったんですが……残念ですね」
先程まで斬り続けていたにも関わらず、浴びた返り血は既に乾いている。
そして、息切れすらない。
「まあ、また別の機会もあるでしょう」
ふぅっと小さな呼気一つ。
ダンジョンが用意した、必殺の罠が敗北した瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆
「これはどうしたもんでしょう……」
腕を組み、悩む稔。
見ているのは、壁際に積み上げられた夥しいクリムゾン・サッカーの遺骸。
「うーん……モンスターの体からは〖濁珠〗が取れるってことですが…。あと、クリムゾン・サッカーはこの牙と、吸い取った血を溜めるための血袋ですか……折角ですからねぇ……」
よしっと気合を入れると、荷物からナイフを取り出し、クリムゾン・サッカーの体に突き立てる。
格闘すること5分。
「……何とか取れましたが……この仕事は嫌ですね!」
赤紫に濁った親指の先程の大きさの石、長い牙、レバーと胃袋を足したような血袋を目の前に並べる。
「魔法でぱぱっと出来ないですかね?」
言いながら、知っている限りの魔法を思い浮かべる。
頭の中に、プラネタリウムで見せる満天の星空のように魔法文字が浮かび上がる。
「よーし! やってやりましょう!!」
上司、部下、同僚、先輩、同期、後輩とあらゆる方向から山ほどの書類を押し付けられた時に比べれば、自分の仕事なのだからやりがいがある。
どかりと部屋の真ん中に座り込み、とんでもない勢いで魔法を組み合わせていった。
「……これでどうだ?」
ふわっと浮かんだ魔法陣が、パシュッとクリムゾン・サッカーの一匹に取り付く。
そして、パチンと軽い音を立てて弾け飛ぶ。
「……濁石と牙はいいですが、やはり血袋が破れてますね……今度はここか……ということは……」
トライアンドエラーを繰り返す。
濁石の抜き出しは、割と簡単だった。
濁石に魔力が触れると、普通と違う反応があるため特定が簡単だからだ。
次いで牙。
見えている+硬いものも特定がしやすい。
難問は血袋だった。
見えない上に、割りと破れやすい。
濁石と牙が取れるだけでも別に構わないのだが、テスト対象はそれこそ山ほどあるので、折角だから試していく。
「……逆にこっちにしたらどうでしょう?」
やはり、ふわっと浮かんだ魔法陣が、パシュッとクリムゾン・サッカーの一匹に取り付く。
そして、パチンと軽い音を立てて弾け飛ぶ。
「お! おおっ!!」
そこには、濁石、牙、傷のない血袋が並んでいた。
「なるほど!! こうだったんですね! 難しく考え過ぎてました!」
手を叩いて喜ぶ。
「後は、対象を拡大すればまとめて出来るはずですからね………よいしょ」
魔法とは思えない掛け声を出すと、壁一面を覆い尽くすほど、巨大なふわっと魔法陣が浮かぶ。
巨大な魔法陣が、パシュッと投網のように積み上げられたクリムゾン・サッカーを覆う。
――バリバリバリバリ!!――
大きな音がして魔法陣が砕け散った後には、床にジャラジャラ、どちゃどちゃとクリムゾン・サッカーの素材だけが残されていた。
「いやー、取れたはいいですが、すごい数ですね……」
今度は大量の素材を前に腕を組むことになった。