01
よろしくお願いします。
暗〜い夜道をトボトボと歩く影。
頬は弛んでいるいるのにやつれている。
同じく弛んだ涙袋には、濃いクマ。
薄い髪、疲れて淀んだ目、猫背、メタボなお腹。
引きずるような歩き方のがに股。
手に提げたコンビニ袋もガサガサと不満の声を上げている。
見ているだけで暗〜い気持ちになる疲れきったオッサン。
名前を原枝稔という。52歳のオッサンである。
10歳年下の妻・恵理と、19歳になった娘・柚杏がいる。
稔が帰るのはたっぷりとローンが残った我が家。
重い身体を引きずって辿り着く家も暗い。
妻は大学進学を期に一人暮らしを始めた娘の所に遊びに行っている。
かれこれ2週間以上帰ってきていない。
ガチャガチャと鍵を開け、手探りで灯りをつける。
薄暗い台所でクッションの薄くなったイスにどさりと座る。
コンビニ弁当を出し、フタを開ける。
「……」
しかし、箸は動かない。
稔の頭の中では、部長の言葉がグルグルと回っている。
『改めて聞くよ、原枝君。これは、誰の功績だろうね?』
稔の勤め先である大手の商社にとって、それは決して大きな仕事ではなかった。
しかし、稔は丁寧に進めた。
時間は掛かった。
しかし、太くはないが、堅く、安定感をもったルートを作ることができた。
小さなメーカーを縦横無尽に結び付けたルートは、大きなメーカーでは対応できない小ロットや、微妙な仕様変更にも柔軟に対応できる。
期待していたのは、町工場と呼ばれる中小、零細企業の経営が少しでも楽になればという程度のものだった。
しかし、想像を超えた大きな成果が出たのだ。
独創性を売りにしていたり、大きなロットでの仕入れに対応できないベンチャー企業からの商談が相次いだ。
稔は嬉しかった。
雑用と呼ばれ、荷物と呼ばれ、仕事が遅いと言われ、社歴が長いだけと言われても、とにかく丁寧で細かな仕事を心がけた。
その努力が報われた思いだった。
しかし事態は急転する。
稔と同じ部署に澤田という男がいた。稔より一回り若い40歳。
大きな仕事をこなす、エースと呼べる存在だった。
しかし、バイタリティに溢れ、力技で話を進めるきらいのある澤田の仕事は、些末ではあるがトラブルも多かった。
そのため、評価が上がり切らず、頭打ちになっている状態が続いていた。
澤田に堅実な仕事の実績がついたなら……部長はそう考えた。
こうして稔が1人でコツコツと進めていた企画に澤田が組み込まれた。
澤田のバイタリティは、ルートの拡大に大きく寄与した。
稔は澤田のもたらす様々なトラブルに黙々と対処した。
結果、想像以上に大きな成果を上げていた稔の企画は、社内でも注目を浴びるレベルの実績を積み上げることができた。
そして、言われたのがあの言葉だった。
『改めて聞くよ、原枝君。これは、誰の功績だろうね?』
寂しいのか、悲しいのか、悔しいのか……この感情をなんと呼ぶのか分からない。
稔は蚊の鳴くような声で答えた。
『澤田くんの力が大きかった』と。
思い出すとコンビニ弁当が歪んで見える。
同時に見ないようにしていた恵理への不満も噴き出してくる。
何かと理由をつけてすぐにパートもアルバイトも辞めてしまう。
そのくせ、友達とのランチも旅行も買い物も好き勝手にやっている。
一度、変な男に騙されて借金まで作ったこともある。
全部、稔が尻拭いしたのだ。
稔が休みになれば家事の大半を押し付ける。
『主婦に休みは無い』などと言っているが、ほとんど休んで遊んでいるのを知っている。
『子供ができた』ために結婚した。しかし、稔は柚杏が自分の子供ではないと知っている。
本当の父親は、子供を育てる経済力が無かった。
ばれてないと思っているのは、理恵だけだ。
噴き出してくる黒い感情を吐き出すように手に持った割り箸を投げつけようと振り上げる。
「はぁ……」
しかし、高く振り上げた所で力無く手を下ろす。
『こういう所なんだろうな……』
弱々しく思う。
家の中で割り箸ですら投げつけることができない、自分の気の弱さが全て悪い。
人の迷惑とか、事情とか、痛いかもとか、壊れたらどうしようとか、うるさくないだろうかとか、そういうことばかりが先に浮かんでしまう。
『自分の感情のままに動けたらな…』
人生が変わったんだろうか?
『そんな生き方もあったんだろうか…』
ぼんやりとそう思う。
そして、稔は静かに気を失った。
◆◆◆◆◆◆
「ん?」
目を開けると妙に明るい。
そして、目の前に知らない人がいる。
頭がチクチクと痛む。
『私はここを知っている』
『私は勇者だ』
稔の生き方が変わり始めた瞬間だった。
感想とか評価とかお待ちしております。
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