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その時、日照さんが見た空は青色だったのだろうか。

作者:

女の子がちょっと可哀想なお話しとなっております。苦手な人はお気を付けください。




この高校に転校して、友人には恵まれた。

親が銀行員では、転校は単なる面倒な行事だ。回数をこなせばこなすほど見せかけの涙すら引っ込む。

適当に友人を作って、適当に仲良くしていれば学校生活は上手くいくのだし。


「郁人、メシ食おうぜ!あ、事件聞いた?」


転校初日から陽キャな友達一号君が何かと世話を焼いてくれる。

運が良い。


「事件?」


「なんか昨日、ウチの学校のさあ」


「いや、今日はいいわ」


友達一号君が話し出したのを遮り、俺はリュックを持つ。


「んだよ、付き合いわり〜な。生理か?」


「な訳ねえだろ」


おい、女子睨んでるぞ。俺まで巻き込むなよ。


笑いを張り付けて、俺は逃げるように教室から出ていった。


一人になって、どこかで昼飯でも食べて。

それで、この漠然とした不安から逃れたい。


疲れた。


母親の手作り弁当を携え、俺は兎にー角一人になれる場所を探した。


それが彼女との出会いのきっかけである。





日照(ひてる)さん」


階段を登ってすぐ。

右側に準備室。正面に美術室、左側には廊下が広がる。


俺は美術室に入ると、机にリュックを置く。


日照(ひてる)さんはいつも通り白の布マスクを着けて、髪を下ろしていた。

足音に気づくと振り向いて俺が椅子に座るまでじっと此方を見ていた。


「…やあ、少年。君がもう少し年下だったらね。ほら、私みたいな人間は見下すのが好きだから。偉そうに説教垂れるのが楽しいんだよ。出来ればその足を20センチほどちょん切って来てくれないかね?そしたら、私は君を見下ろせるんだが」


「嫌ですよ、物騒だな」


「君はNOと言える日本人だね全く。前から気になっていたが君には友達というものが居ないのかな?こんな誰もいない特別塔にきたって面白いものがあるとは思えないが」


「友達がいない訳ではありません。日照(ひてる)さんと違って」


「…お、おやおや口だけは達者だな。私は君の言うことなど信じていないがね、私にも友達くらいいるぞ?」


前はな、と日照(ひてる)さんは呟いた。


俺が椅子に座ってから筆を止めることをせず、絵を描きながら目を泳がせるという器用な事を日照(ひてる)さんは行っている。


「そうですよね。高校になればクラスメイトと友達の区別がつく様になりますよね。まさか日照(ひてる)さんは、友達だからと言う理由で大して仲良くもないクラスメイトと友情を育むことを強制される義務教育の価値観を高校三年生にもなって引き摺っている訳では無いですよね」


俺もまた箸を止めることなく、山盛りの弁当を少しずつ食べていく。


「ゔっ。私にもまだ友達と呼べる人が一人や二人…」


「少ねえなオイ。友達がいないから日照さんはここに居るんですよね?」


「こ、孤高というものだよ、きみぃ。芸術家というものは得てして理解されないものなのだよ」


「芸術家?」


日照さんはドヤ顔をして、俺の方を向き、筆をくるくる回す。


「ふふふ、今更私のサインが欲しいと言ったって無理な話だよ?ま、まあどうしてもというのなら——


「要らないですね」


「…そこは嘘でも欲しいと言ってほしいな」


「すいません、俺、嘘がつけないので」


「…絶対嘘じゃないか」


「今日も、雲を描いてたんですか?」


「そうだよ。私は捻くれた人間だからね、日照なんて名前じゃ、雲ばかり描いてしまうのさ」


「へー」


「我ながら格好良いと思ったんだけどなぁ。曇りが好きと言う訳でもないけどね」


「そうなんですね」


「人は無いものに憧れるんだよ。だけど得ると途端に輝き薄れるね。多分、方法のせいだけど」


「ちょっと何言ってるかわかりませんね」


「…」


「…そう言えば先輩の名前聞いてないですね」


日照さんがピキッと固まった。

正しく、能面のような顔だった。


「…」


彼女は筆を止めた。


「最初に出会ってから、もう一ヶ月くらい経ったと思いますが」


そのまま出した水彩絵具を箱に戻していく。


「…」


「そろそろ教えて欲しいですね」


「嫌だね」


流し台に乱暴に水彩筆を数本放ると、蛇口を捻る。水入れと共に適当に洗う。

俺は突然の拒絶に、目を白黒させた。

日照さんはこちらを見ない。


「…」


「知らなかったの?」


「何を……?」


「ごめん。無理。なんで今更そんなこと聞くんだよ、知ってると思ってたのに」


彼女の顔や制服に水がかかる。髪が濡れていく。気に留めずに、彼女は水を跳ねさせる。

日照さんはこちらを見ない。


「…」


「…私は芸術家として、匿名で活動するつもりなんだ」


蛇口を閉めると、水音が聞こえなくなった。

少し鼻声の日照さんの声。

日照さんはこちらを見ない。


「…」


彼女はそれを所定の場所に置くと、ベージュ色のリュックを取った。


「maiden、なんてどうかな。私が失った物だしね」


「…」


「分かったうえで私の所に来てると思ってた。ごめん、耐えられない」


俺は唖然としていた。

意味が分からなかった。


この時が俺と彼女が会った最後だ。

もう二度と会うことは無かった。


後に友達から引っ越したと聞いた。

それ以上は何も聞きたくなかった。


分かっているのは俺の恋は破れて、ただ日照さんを傷つけたのだろうということだけだ。



読んで下さり、ありがとうございました。


補足説明。

maiden→処女


日照さん【高校3年生】

主人公が転校してきてすぐの一学期初めに事件に巻き込まれる。

彼女は主人公と会った時、教室にはほとんど行かずに保健室登校のような状態だった。

美術室に入り浸りキャンバスを黒く塗りつぶして、その上からベットリと白で塗り重ねていた。

その頃には、事件のせいで友達が離れていき一人でいた。

そんな時に主人公に出会い、この男が全く事件の話もせずに話しかけてくるので、少しずつ心を開いていった。まさか事件を知らないとは思わなかった。

名前を聞かれたときは、主人公のことが嫌いになりそうだった。離れていくくらいなら、こちらから。

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