09 こんなことになるなら。
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体が全く動かない。あまりの寝苦しさと、寝ている場所の硬さに身体中が軋んで、うなされながら目を覚ます。
「あれ……?」
目を覚ますと、なぜかぐるぐる巻きにされて床に寝転がっていた。
全身を紐みたいなもので、ぐるぐる巻かれてしまって、まったく身動きをとることができない。
首から上と、足首くらいしか自由がない。
そういえば、ゼフィー様の元から逃げ出して家に向かっている時、口を押えられて……。
その後の記憶がない。
「ここはどこ……」
すると、重々しい音とともに、閉ざされていた扉が開いた。
そこには、一人の男性が立っていた。
「誰ですか……」
父から、家族や婚約者以外の男性と二人きりの時には、決してその相手と目を合わせてはいけないと厳命されている。
たぶん、今がその時だ。
私は、ぎゅっと強く目を瞑った。
「お前が、冷酷騎士ゼフィー•ランディルドの婚約者か。……想像していたのと、ずいぶん違うな」
私もそう思っています。ゼフィー様に似合うのは、もっと大人の女性だって。
「……あの」
「冷酷騎士が要求に応じればよし。応じなければ、かわいそうだがお前の命はない。まあ、冷酷なあの男のことだ。婚約者など見捨てる可能性の方が高そうだな。その場合は、婚約者を見捨てたとして騎士の名誉を穢される。それもいい」
どうも、話の内容と状況からして、誘拐されたらしい。
私の身に、そんなことが起こるなんて信じられなかった。
でも、もしかしたらゼフィー様は、予想していたのかもしれない。侯爵家だもの、敵も多いのかもしれない。
だから、しきりに一人で歩くのは危ないと言っていたのだろうか……。
どちらにしても、この男性は私のことを殺す気でいるのだろう。
――――迷惑を、かけてしまう。
不思議なことに、命の危険にさらされているのに、怖くなかった。
……ゼフィー様は冷酷なんかじゃない。間違いなく、私のことを助けようとする。
数日前なら、ゼフィー様は私のことなんて見捨てるに違いないと思っただろうに、今の私にはどうしても、そう思うことができなかった。
微笑んだ時の、優しくて、少しだけ幼く見える顔が、瞼の裏に浮かぶ。
……でも、来ないでほしいかも。
こうなったのは、私が勝手にゼフィー様のことを好きになって、そのことに気がついてしまって勝手に逃げ出したせいだ。
ここ数日だけで、相当迷惑をかけてばかりなのに、また追加で迷惑をかけてしまうなんて。
「――――このままここにしばらく閉じ込めておけ」
男性が横を向いた瞬間を狙って、その顔をしっかり覚えた。
わざわざ私の前に姿を見せるなんて、詰めが甘いんだから!
男性は、牢屋を守っている人にそう告げると、笑いながら去っていった。
「はあ……」
全身が動かない状態で、顔を上げるのも疲れる。私は床に突っ伏した。
……それにしても、私はゼフィー様のことが好きだったのね。それも、こんなに強く。
決闘を申し込んだ時も、お茶会で会話が全く続かないゼフィー様に一生懸命話しかけた時も、父のお弁当を届けに行って凛々しい姿で訓練するゼフィー様を遠目に見た時も。
目が合ってしまったら避けられる。婚約者のはずなのに、ゼフィー様との距離は、とても遠くて。
現実が受け入れられなくて、この気持ちから、目を逸らしてしまっていたけれど……。
気がつくと、その姿を気がつかれないように、いつも目で追っていた。
なぜか急に優しくなって話しかけてくれるようになったゼフィー様、そうなる前からずっと好きだった。
どうして急にゼフィー様が変わったのか分からない。
でも、好きだという気持ちを自覚してしまったら、婚約破棄されたときにきっと悲しくて立ち直れなくなってしまう。
だから私は自分の気持ちに気がつかないように封をした。
「でも……。こんなことになるなら」
――――こんなことになるなら、もっと早く気がつけばよかった。
そうしたら、せめて婚約破棄をされる前に、好きだと伝えるくらいは出来たかもしれないのに。
――――それにしても、苦しい。ぐるぐる巻きにしすぎだと思う。まったくこれじゃ、寝返りするのも難しい。
「ゼフィー様……」
私から意識を奪った薬の効果は、恐らくまだ残っているのだろう。
「もう一度会いたいです……」
ぼんやりする意識の中、私は再び眠りに落ちていった。
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