08 住む世界が違うと気付かされたのは。
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ゼフィー様の、エスコートはどこまでも優雅だ。
でも、私は煌びやかで豪華な雰囲気に馴染むことが出来なかった。
「ゼフィー様、こんなのダメです」
「どうして? 似合っているのに」
ゼフィー様が、付き合ってほしいと私を連れてきたのは、明らかに普段買っている服よりも0が一つも二つも多い上流階級向けの店。
そこで次から次にドレスを着せ替えられて、終いには「全て似合うな。袖を通した服は全部買い上げる」とゼフィー様が、店員に告げた。
「は、全部? えっ⁈」
私とゼフィー様は、住む世界が違うのだと、今日のお買い物で知ってもらおうと思ったのに、逆に私の方が思い知らされている。
「ゼフィー様……。私なんかに、こんなドレス勿体無いですよ」
「どうして?」
「どうしてって」
どうしよう。さすが、名高いランディルド侯爵家のお方だ。価値観が雲の上ほど違っている。
フローリア伯爵家が、貧乏になったのは、元々は飢饉と流行病が三年もの間続いてしまったせいだ。
それでも、領民に重税をかけるのを良しとしなかった父は、多額の借金を背負った。
さらに悪いことに、母もその時の流行病に命を奪われた。
その時から、新しいドレスを買う余裕なんてなかったし、領民の生活を考えると買おうという気にもなれなかった。
「私は……」
でも、そんなことをゼフィー様に言うことは出来ない。これは、あくまでフローリア領の問題だ。
理由を答えられない私を責めるでもなく、じっと見つめていたゼフィー様は、軽く口元を歪めてから口を開いた。
「……今度、夜会がある」
「夜会……ですか?」
「ああ、悪いが断ることのできない相手だ。婚約者として同伴してもらう必要がある。これは、仕事の一環だと思ってもらっていい」
ゼフィー様は、最後に一着だけ、シンプルなドレスを私に着せ、残りのドレスを、ランディルド侯爵家に届けるように指示した。
「これは、着て行こう。とてもよく似合う」
それは、着てきたワンピースと同じ色をした上質な水色のドレスだった。
「……高すぎます」
「君は俺の婚約者だ」
やはり、いつもの格好ではゼフィー様の隣に立つ資格がないのだろう。
「……勘違いしないでくれ。俺は、いつもの可愛らしいリアが好きだ」
どうしてですか?
今まで、そんなそぶり見せなかったのに。
どうして急に、そんなこと言うんですか。
「……でも、もし俺の婚約者のままでいてくれるなら」
「っ……わかりました!」
これ以上、断り続けるのは、ゼフィー様にとって逆に迷惑になる。店員さんたちの、どこか生温かい視線も気になるし、お店にも迷惑だ。
「ありがとうございます。変なこと言ってすみませんでした」
上手く笑えている気がしない。
今まで、貧乏になろうと領民のことを一番に考えてきた父を尊敬していた。
たしかに、情けないけれど。まさかの、借金返済も娘の結婚頼りだったりするかもしれないけれど!
結局、釣り合わないなんて言い訳をして、この婚約を破棄して、一人自由になろうとしていたことに、気がついてしまった。
私には、伯爵令嬢として、領民たちの生活を守る義務がある。
「どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
「好きだからという理由では、不十分かな?」
それが、何故なのかと思ってしまうんです。私は、ずっと好きだったのに。
一生懸命話しかけても、答えてくれなかったのに。
この気持ちに蓋をして、見ないように、気が付かないようにしていたのに。
もう、自分の気持ちに気づかないふりをすることは出来ない。
私は、ゼフィー様のことが好き。
だから、見てもらえないことが、あんなにも辛かったのね。もし、貴族としての義務なのだと、割り切れたら、良かったのに……。
「……帰ります」
「リア」
ゼフィー様は、追いかけてこなかった。なんで、こんなことを言ってしまったのだろう。
ゼフィー様は、何も悪くないのに。
そう思った瞬間、私の手は掴まれて、路地裏に引き込まれる。
古びたリンゴみたいな匂いがして、口を押さえられていることに気づいた次の瞬間には、私は意識を失ってしまっていた。
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