07 意外と見ていたんですね。
そのあと、手を引かれて行った先に、なんだか見慣れてきてしまった侯爵家の馬車が待ち構えていた。
「今度は、俺の番」
「はっ、はい!」
私の服は、シンプルなワンピースだ。
淡い水色は、春を連想させる私の色合いにはよく似合っていると思う。
でも、少なくともこの馬車には不釣り合いなのは分かる。
騎士服は便利だ。街中でも、格式のある場所でもそれなりに馴染む。ゼフィー様が、着ていると尚更すてきだ。
一方、そんなことは、気にしてない様子のゼフィー様が、私をエスコートするために手を差し伸べてくる。
一緒に手を繋いで歩いた時とは違って、優雅な手つきに思わず見惚れてしまう。
その手に助けられて、馬車に乗り込む。
進行方向側の座席に腰掛ける。ゼフィー様は、私の斜め前に座った。
馬車で向かい合って、目的の場所に着くまでの長い沈黙を覚悟した時、視線を下に向けていたゼフィー様が、徐に口を開いた。
「……そのワンピースの刺繍、素晴らしいね」
「えっ! お恥ずかしいです」
「まさか、自分で刺繍した?」
「はっ、はい」
スカートの裾には、白い糸でかすみ草の刺繍がしてある。下ほどたくさんの花を刺繍して上に行くにつれグラデーションのようになっていく、実は自信作だ。
ゼフィー様が、手で口を覆った。男らしい長い指は、日々剣を握っているせいか、節くれだっている。
「まさか、いつかのお茶会のテーブルクロスに刺繍されていたミモザの花も」
「……ちゃんと、見ていてくれたんですね」
お茶会では、目も合わせてもらえないし、沈黙が辛かった。早く帰ることばかり考えているのだと思っていた。
歓迎の気持ちで刺していた、テーブルクロスの刺繍なんて、気に留めてもいないと思っていたのに。
「ああ、見ていたよ。いつも違う柄の、美しい刺繍を。リアの、作品だったんだな」
ゼフィー様は、そのまま下を向いてしまった。
全く見ていないと思っていたのに、嬉しくなってしまう。刺繍の柄まで覚えていてくれたことに、私は、とても感動してしまった。
褒めてくれるというのなら、ハンカチに刺繍でも入れて渡してみようかしら?
でも、やっぱり社交辞令よね。口に出すのはやめておきましょう。
「ハンカチとか……」
俯いたままのゼフィー様が、ポツリと呟く。気持ちを代弁してくれたようなその言葉を、私は聞き逃さなかった。
「えっ」
「あ、なんでも」
「あのっ、ハンカチに刺繍とかしたらお使いになりますか」
言ってしまった。断られたら……。手のひらが、じんわりと湿り気を帯びる。
その瞬間、こちらを見た瞳はいつもの凍るようなものと違って、キラキラと煌めいているように見えた。
途端に気分が舞い上がる。決闘で迷惑をかけたこともある。ハンカチに刺繍して贈るくらい、許されるに違いない。
「是非!」
子どもみたいな、食い気味の返答だった。私はおかしくなって思わず笑う。
「ふふっ。では、腕によりをかけますね!」
「……っ」
少しだけ、目元が赤いみたいだ。
車内はそんなに暑かっただろうか。
「……? どうしたんですか。ゼフィー様?」
「なんでも、ない」
そう言うと眩しいものでも見たように、ゼフィー様は窓の外に目を向けた。
「刺繍は好きか?」
「ええ、とても」
「そうか……」
少しだけ、口の端を上げてゼフィー様が笑ったような気がした。
……笑う要素なんてなかったから、きっと気のせいよね?
そう思ったのだけれど、後日、ものすごく高級そうな布と刺繍糸、裁縫道具が山ほど届いて驚かされる。でも、それはまた少し後の話だった。
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