06 守護騎士は俺だけだから。
意外だった。
冷酷騎士なんて呼ばれるほど強い騎士様が、ましてや侯爵家のお方が、街を歩いていたら誰も声なんてかけてこないと思っていた。
いつも買い物している八百屋の女将さんには、「お嬢様の婚約者? いい男だね! たくさん貢いでもらうんだよ」と、リンゴをおまけしてもらった。
肉屋のおじさんも、「頼りになりそうな人じゃないか。良かったなぁ」と、涙を流す勢いで少し多めに包んでくれた。
……あれ? 意外にも受け入れられている?
「あの、私も持ちますよ」
「普段鍛えてるから、これくらい荷物のうちに入らない。持たせてくれるとうれしい」
「……あ、ありがとうございます」
それに加えて、荷物を全部持ってくれているゼフィー様はやはり紳士に違いない。
いつもピリピリと刺すような視線が今日は和らいでいる気がする。
そんな私の考えなんて、気づいてもいないだろうゼフィー様が、周囲を軽く見渡して、つぶやく。
「なるほど」
「ゼフィー様?」
「これだけ見守られているのなら、安全なのかもしれないな」
え? また笑うんですか⁈
たぶん、この瞬間のゼフィー様の笑顔は、私の記憶にいつまでも残るに違いない。
婚約してからの数ヶ月、一度も見たことがなかったその笑顔。昨日から、意外なことばかり起こる。
もしかして、夢でも見ているのかしら?
それとも、今、私の隣で笑っている人は、もしかしてゼフィー様の「影武者?」か何かなのだろうか。
たしかに、侯爵家のお方が、私なんかとこんなふうに下町を歩いているはずがない。その方がよっぽど納得できる。
「ははっ! なんだ、影武者って」
「あっ」
どうも、口に出てしまったらしい。
チャックしてしまいたい、この口!
恥ずかしさのあまり、熱くなった頬は、きっと赤く色づいているに違いない。
「……失礼いたしました」
「いや、楽しいよ」
……え? お茶会をしていても、何しても無表情のまま一言も口を聞かなかった人が、私と一緒にいて楽しい?
信じられなくて、その瞳をじっと見つめたら、少しだけゼフィー様は、目を見開いた。そしてなぜか、私から目を逸らす。
「……もう、買い物は終わり?」
「は、はい」
「じゃあ、今度は俺に付き合ってくれるかな?」
「え……?」
ゼフィー様が、手を挙げると音もなく黒い騎士服を着た黒髪の男性が現れて、荷物を受け取った。
「これ、フローリア伯爵家に届けておいて」
「はっ」
そしてその人は、音もなく再び消えていった。
「隠密」
「何それ? ただの、護衛騎士だけど」
「隠密騎士」
さすがに侯爵家ともなると、護衛騎士すらレベルが違うらしい。何者なんだろうあの人。
「そういえば、リアには護衛騎士がいないな」
「ええ、ご存知の通り貧乏伯爵家ですから」
「良かった」
もう一度、ゼフィー様が、微笑んだ。
嬉しそうに笑った表情は、無邪気にも妖艶にも見えて、心臓と時間が、止まってしまったのかと錯覚した。
「……え?」
周りに人はいない。そうは言っても道端なのに、何故かゼフィー様は、私の前に跪く。
剣を捧げて。
「私、ゼフィー・ランディルドは、リアスティア・フローリア様の剣として生涯仕えることを誓います」
「は……」
「ほら、早く剣で俺の肩を叩く!」
「はっ、はい!」
騎士団の号令のような厳しい言葉に、思わず私は剣の背でゼフィー様の肩を叩いた。
守護騎士の誓いは、護衛騎士のそれとは違う。
生涯たった一人に、その剣を捧げる誓い。
本当は、正式な式典で行うくらいのものなのに。
ゼフィー様が、立ち上がる。
私は、今起こったことに理解が追いつかずに、呆然とその動きを目で追う。
「これで、リアの守護騎士は俺だ。これから先、護衛騎士を持つことになっても、守護騎士の席は俺のものだから」
そもそも、私なんかが護衛騎士を持てるはずがないのに。冗談だと思いたいのに、妙に真剣なその瞳に、私は頷く以外の手段を持たなかった。
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