05 住む世界が違うと思うんです。
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翌日、フローリア伯爵家の正門に、またしても不釣り合いなほど豪華な馬車が停まった。
そこから降りてきたのは、遠目に見る分にはため息が出てしまうほど麗しい貴公子。
本当に、黒い騎士服はゼフィー様のために作られたのではないかというくらい、似合っている。
近くによると、冷え切った瞳に耐えられる御令嬢は決して多くないかもしれないけれど。
「ランディルド卿、お待ちしておりました」
「ああ、フローリア殿。急におしかけて申し訳ない」
「いえ、ランディルド卿ならいつでも大歓迎です。いや、やっぱり少しだけ、リアとデートなんて口惜しいような」
……勝手に決めないでくださいお父様! 出迎えの準備だって大変なのですよ? あと、後半聞き取れませんでしたが、何かおっしゃいましたか?
でも、急な約束は少し困る。
だって私は、あまりたくさん服を持っていない。
幸い、長年の貧乏生活のおかげで、お裁縫も刺繍もプロ級の腕前になった。
私が着ているドレスもお古には見えないだろう。
そうは言っても、毎回同じドレスを着て出迎えるわけにもいかない。
今までは、週一回のお茶会だけだから何とかなっていただけで。
本当に貴族令嬢というのは、お金がかかる。婚約破棄されたら、平民になるのも良いかもしれない。
「……お待ちしていました。ゼフィー様」
「ああ。早速馬車に」
「えっ、馬車なんかで行ったら、皆さんを驚かせてしまいます」
「ん? そういうものか……」
たぶん、ゼフィー様と私の思う買い物というのは全く別次元に違いない。
これで、恐らくゼフィー様も分かってくださるだろう。私と、ゼフィー様は天と地ほどに住む世界が違うのだと。
違う世界の住人だと、わかっていただくためにも、まずは徒歩でのお出かけを提案しよう。
「歩いていきましょう?」
「……そうか。わかった。リアと一緒に歩けるなんて、うれしいよ」
「へぁ⁈」
意外にもすぐに了承したゼフィー様に驚く。驚きのあまり、変な声が出てしまったことには、気が付かないでほしい。
でも、侯爵家の令息は、こんな風に徒歩で買い物をしたことなんて……。
「何か勘違いしているようだから言わせてもらうが、俺は騎士団の人間だ。遠征の時には普通に歩いて買い物をしている」
「えっ……ゼフィー様が自ら買い物を?」
「はぁ。そこまで屋敷に籠っているわけではない」
それもそうか。騎士団に所属しているのは、貴族ばかりではない。都会ばかりにいられるわけでもない。
もちろん、貴族というだけで上官になっている人は多いけれど、例えばうちの父とか……。
それでも、騎士団は実力主義だと聞いている。
実際、今の騎士団長様は爵位を与えられているけれど、もともとは平民だったという。
「そうですか……」
それなら、付き合ってもらってもいいのだろうか? なにか、間違っている気がしなくもないけれど。
「ほら」
なぜかそっぽを向いたまま、こちらに手を差しのべてくるゼフィー様。
「えーと」
これは、手をつなぐということでいいのだろうか。違っていたら恥ずかしい。
「迷子には、なりませんけど」
「……」
無理に手をつながれ、いつものエスコートとは全く違うしぐさで手を引かれる。
やめて欲しい。ときめいてしまう。
住む世界が……違うのに。
しばらくの婚約者でしかないのに。
それでも、ドキドキ音を立てる心臓を鎮めるすべを知らないまま、ゼフィー様に手を引かれて、私は屋敷から外へ出た。
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