お菓子教室 2
「えっと……ゼフィー様はお菓子を作ったことがありますか?」
「ない」
「――そうですか」
お菓子を作ったことがないのなら、ドロップクッキーだろうか。
妙に自信がありそうだけれど、失敗してショックを受けたりしないかしら?
そんなことを考えていると、ゼフィー様がアイスブルーの目を細めた。
「レシピ通り……オリジナル要素を加えるのは、上級者になってから。何かを習得するときの基礎だ」
私が言いたいことは、すでに理解しているらしい。
「では、バターを柔らかく練ってですね」
ゼフィー様は、私に習いたいと言いながら、完璧すぎる主義でクッキーを作り上げていく。
もしかしてすでに、上級者になっているのではないだろうか……。
「どうした? そんな顔をして……何か問題があったか?」
「いいえ、どうして初めてなのにそんなに手際がいいのかと」
「――それは」
ゼフィー様が、先程までのキリリとした表情から一変、慌てたように目を見開いた。
頬が赤い……何か照れる要素があっただろうか?
「……料理長がクッキーを作るところを観察して」
「では、私に習わずとも……」
「君に習いたいし、君が食べるものは完璧でなくては!」
「……え?」
私は庶民に近い食生活をしているので、基本的になんでも食べる。
むしろ、完璧でなければいけないのはゼフィー様が食べるものなのでは?
怪訝な顔をしてしまっただろうか。ゼフィー様がまたスッと表情を真剣なものにした。
「とりあえず、リアに習って初めて作ったクッキーはリアに食べてもらう」
「……みんなにあげるのでは?」
「失敗してしまったときの保険に、そう言っただけだ」
「えぇ……?」
ゼフィー様も冗談を言うことがあるのね……。
「上手くできたら食べてくれるか?」
「上手くできなくたって、もちろん食べますよ」
「はは、責任重大だな」
その後も、私の役割といえば、たまに質問されることに答えることくらいだった。
元来器用なのだろう……初めて作ったとは思えないクオリティのクッキーが出来上がった。
「すごいです! ゼフィー様はお菓子作りの才能があります!」
「そうか……?」
最近ようやくわかってきたことだけれど、褒めるとゼフィー様は口の端をちょっぴり緩める。
きっと以前だったら、私の言葉に興味なんて示していないと思ったかもしれないけれど、今はほんの少しの表情の変化だって気がつくことができる。
「ほら……リアのために作ったんだ」
「……っ!」
口の中に甘い香りと味がふわりと広がった。
「ちゃんと噛んで」
まさか、指先で掴んだクッキーを私の口の中に入れるとは思ってもみなかった。
頬がどんどん赤くなって、直前までわかっていたはずの味さえわからなくなる。
――サクサク、サクサク。
クッキーを噛む軽やかな音だけが響きわたる。
飲み込んでしまってから、初めて作ってくれたのだからもう少し味わえば良かったと思った。
「どう……?」
心配そうにこちらを見つめる姿は、本当に可愛らしい。
普段は冷酷騎士なんて呼ばれて、冷たい表情を浮かべていることが多いのに、ふとした瞬間本当に可愛いのだ。
「美味しいです……好きですね」
この好きは、クッキーが好きというだけの意味ではない。
伝わってほしいような……恥ずかしいから伝わらないでほしいような。
ゼフィー様は、ほんの少しだけ頬を染めて笑った。
「ありがとう……また教えてくれ」
多分、今日のことはずっと先にも思い出すことだろう。
そのとき思い出せるのは、クッキーの味ではなく甘い香りとゼフィー様の可愛い笑顔に違いない。
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