04 だって買い物に行くだけですよ?
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ゼフィー様が、私が眠ってしまったのに気がついて、「俺のこと、怖くないのか? よく眠れるな」と、なぜか微笑んだその顔を、私が見ることはなかった。
もし見ていたら、本当に驚いただろう。
笑ったゼフィー様は、どこか幼くて、可愛らしい。
……フワフワして、雲の上を歩いているみたい。
まるで、子どもの頃、ベッドに戻らないまま、居眠りしてしまった時に、父に抱き上げてもらった思い出のような、安心感と幸せな気持ちに包まれる。
徐々に覚醒していく。さわやかな柑橘系の香りが鼻先をくすぐる。
思わず、その香りを求めて顔を近づける。
「私……この香り好きぃ」
「っ……リア」
「この声も……好きぃ」
すり寄りながら、思わずそんなことを言ってしまった瞬間、急に抱き上げてくれている力が強くなった。そこで、急速に目が覚めてくる。
「んぅ?」
そこには、いつもは冷たいはずの瞳が、随分熱っぽく私を見ていた。
「……ゼフィー様?」
馬車の中にいるようだ。そして、なぜかゼフィー様の膝の上に乗って、お姫様抱っこみたいな状態になっている。
「ひゅわ⁈ うそっ! あわわ、なんていうご無礼を?!」
ゼフィー様から、慌てて離れて向かいの席に座る。勢い余ってぶつけた背中が痛いけれど、今はそれどころではない。
ど、どうしよう。ゼフィー様に顔を背けられてしまった。その上、外はもう暗くなっている。
うわぁ。いったい何時間眠ってしまっていたのだろう。逆に待たせてしまったのではないだろうか。
「……あ、あの。ここで降りますから」
「いや、こんなところに降ろしたらどんな目に会うか」
「え? いつも、買い物の時に歩いている道ですから」
「まさか、街中を一人で歩いているとでも? そんな危険な……」
伯爵家令嬢と言っても、貧乏な我が家には馬車も御者もいない。
それに、使用人も年老いた執事が一人だけ。
だから、歩いていつも買い物をしている。
たぶん、王国内有数の貴族である、ランディルド侯爵家のお方とは、大きく感覚がズレているのだろう。それを加味しても、過保護だ。
「危険って……。子どもじゃないんですから」
少し歩いただけで、馬車に轢かれてしまうとでもいうのだろうか?
ここ数日、子どもみたいに迷惑をかけまくっている手前、あまり偉そうなことは言えないけれど。
「……? 大人の女性だから危ないのではないか」
「え?」
まさか! ゼフィー様に大人の女性扱いしていただけるとは思っても見なかった。
「……本当に危なっかしい」
――――あれ? 気のせいか。やっぱり子ども扱いされているようだ。
「今度からは、買い物するときは必ず言うように。付き合うから」
「えっ?」
「……嫌なのか」
そんなことを、当たり前のように宣言した直後に、急に声を低くして冷たい目で見ないでください。
私の買い物内容なんて、お野菜とか安いお肉ですよ?
侯爵家のお方を付き合わせるわけに、いかないじゃないですか。
「あの……」
「でも、危険だからついて行く」
「忙しいゼフィー様を付き合わせるわけには」
先ほど見た、山のように積まれた書類が脳裏に浮かぶ。
「ふふっ。リアが眠っている間に、明日の分まで終わってしまったよ」
うわぁっ……。ごめんなさい!
断る理由を見つけられないまま、なぜか私は、明日ゼフィー様と買い物に行く約束をしてしまったのだった。侯爵家の令息と、特売の野菜と肉を買いに……? カオスだ。
――――あと、笑えたんですね!
ゼフィー様が笑った顔は、破壊力が強すぎた。
急速にドキドキ高鳴ってきた心臓と、砂漠の太陽に照らされてしまったみたいに火照る頬のせいで、私は、うつむいたまま何もしゃべることが出来なくなってしまった。
私たちは、伯爵家に着くまでお互い完全に無言のまま過ごした。
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